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安倍・菅政権考

努力は報われる? 「自助幻想」の勘違い 退陣する菅政権の1年

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社会保障政策に詳しい中央大の宮本太郎教授=本人提供
社会保障政策に詳しい中央大の宮本太郎教授=本人提供

 自民党総裁選への不出馬を表明し、退陣する菅義偉首相は、昨年9月に総裁選で選出された際などに、「目指すべき社会像」として「自助、共助、公助、そして絆」「まずは自分でやってみる」と掲げた。「自助優先」と批判され、新型コロナウイルスの感染が収束しない中、医療は逼迫(ひっぱく)し、飲食業やサービス業など苦境に立たされたままの人が多い。社会保障に詳しい中央大の宮本太郎教授(福祉政策論)は、菅政権の1年間で、社会はむしろ「無助」状態に近づいたと指摘する。詳しく聞いた。【塩田彩/デジタル報道センター】

首相が発した「まず自助」 コロナで「無助」に近づく

 ――菅首相は1年前の就任記者会見などで「自助、共助、公助、そして絆」などと語りました。その後の菅政権下の社会をどのように見ていましたか。

 ◆1年前に菅首相が「自助、共助、公助」という言葉を掲げた時は、それなりの理念を語ったのだと受け止めました。しかし1年がたった今、菅首相自身に社会の在り方について特別な理念はなく、そもそも菅首相とその周辺には、「自助」や「共助」に関する基本的な理解が不足していたように思います。その結果、この1年で日本社会は、自助は難しく共助も瓦解(がかい)しつつあり、さらに公助も成り立っていないという、いわば「無助社会」に近づいてしまったのではないでしょうか。

 ――自助や共助への基本的な理解が不足しているというのは、具体的にどういうことですか。

 ◆まず、純粋な自助などない、ということです。菅首相世代の特に男性にありがちなのは、「自分は自助努力で成功した」という勘違いです。皆がなんとかやってこられたのは、家事育児を女性に任せる家族の在り方や、年功序列や終身雇用が保障されてきた企業の在り方に助けられた面があったはずです。共助や公助があって初めて自助が可能になるのです。

 「自助」の議論では、英国の作家、サミュエル・スマイルズの著書「西国立志編」(自助論)から「天は自ら助くる者を助く」という言葉が引かれることがあります。この本ですら、国民が自分自身を高めていけるように援助し励ますことが大事と書いています。「天が助ける」ことを前提とした話です。「自分で勝手にやれ」と放置することが自助ではありません。しかし菅首相のコメントからは、そうした構造への理解が見えず、誰でも頑張れば報われるという「自助幻想」を抱えているように感じました。

 さらに、これまで「自助」を支えてきた仕組みが壊れ、「共助」すら成り立ちにくくなっているという現実もあります。こうした現実についての理解も不足していたのではないでしょうか。

 コロナ禍の緊急事態宣言下で営業すらできない自営業者、働きたいのにシフトを半減された非正規労働者も多くいます。もっと働きたいのに就労条件がマッチしないなどの理由で思うように働けないという「未活用労働指標」を見ると、コロナ禍で数値は増え、女性は昨年4~6月に9・2%、今年4~6月でも8・6%に上ります。頑張りたいのに頑張れない状況に置かれている人たちに、これ以上何を頑張れというのでしょうか。

 共助に関しても、今、頼れる共助がどれだけあるでしょうか。家族を自助に含めるか、共助とするかは議論が分かれるところですが、老老介護どころか、認知症の高齢者が同じく認知症の家族を介護する「認認介護」や、子供が家族のケアを引き受ける「ヤングケアラー」も多くいます。コロナ禍で入院できずに家庭内感染が広がり、患者同士が自宅で看護し合う状況も生まれました。こうした実態を共助と呼ぶのだろうかということです。

 地域コミュニティーも瓦解が進んでいます。地域での共助が機能している事例として取り上げられる三重県名張市や島根県雲南市などでは住民組織が活躍し、共助が成り立っていると言えますが、それは地元自治体が補助金や担当職員の配置という公助で共助をしっかりと支えているからです。菅首相が「自助、共助、公助」という言葉を掲げた際、そうした地域の実態や共助を支える具体的な施策に関心がどれほどあったのか、疑問と言わざるを得ません。

「磁力」としての新自由主義の根深さ

 ――菅首相は就任時から規制改革への意欲を示していました。さらに「まずは自分で」という言葉に自己責任や自助努力に基づく競争重視の考えを読み取り、(規制緩和などで「小さな政府」を目指す)新自由主義的な施策を推進するのではないかという見方もありました。

 ◆私は、日本の政治家や官僚で、新自由主義を原理として信奉している人はそう多くないと思っています。菅首相に関しても、本当にそうした信念を持っていたら、政権維持ばかりを考えるのではなく、良いか悪いかは別として、もう少し一貫した政策に着手したのではないでしょうか。

 ただ、日本には「磁力」としての新自由主義があ…

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【第49回衆院選】

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