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常夏通信

その112 戦没者遺骨の戦後史(58) 国会内で見た頭蓋骨のかけら

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沖縄県糸満市の遺骨収容現場で採取した土の中から、人骨を探す具志堅隆松さん。沖縄戦で亡くなった人の骨を全て収容するのは不可能、と訴える=東京都千代田区の衆院第1議員会館で2021年9月14日、栗原俊雄撮影
沖縄県糸満市の遺骨収容現場で採取した土の中から、人骨を探す具志堅隆松さん。沖縄戦で亡くなった人の骨を全て収容するのは不可能、と訴える=東京都千代田区の衆院第1議員会館で2021年9月14日、栗原俊雄撮影

 今月14日。国会内で、戦没者遺骨の収容やDNA鑑定などについての学習・意見交換の集会が開かれた。沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さん(67)や遺族らが集い、遺骨収容の所管である厚生労働省や外務省、防衛省の担当者に今後の方針などをただした。沖縄の言葉で「ガマ」とは、自然洞窟を掘る人という意味で、具志堅さんは40年近く戦没者遺骨の収容を続けている。具志堅さんはその場で、沖縄から持参した土を机の上に広げた。【栗原俊雄/学芸部】

「遺骨を安置し慰霊を」

 「これは(糸満市)伊敷というところで、私たちが遺骨を収集して外に出した土なんです」

 具志堅さんは、現場で比較的大きな遺骨を収容した後の土を示してこう説明した。「この土の中にも細かい骨が残っているだろうと、それを皆さんに見てもらうために持ってきました。沖縄本島南部から埋め立ての土砂を取るという計画を防衛省が立てました。私は、南部には遺骨があるから、計画を撤回してくださいと、ずっと要求しています。『遺骨を収容すれば、その土を使ってもいいんじゃないですか』という意見もあります。しかし、私の経験から言えば、遺骨収集を完全に終わらせることは無理なんです。骨が小さくなって、残っているんですよ」

 長年の経験から、具志堅さんは土と細かい骨とを見分けることができる。また持ち物によってそれが日本兵のものか、米兵のなのかの判別も。言葉が熱を帯びる。「この中に骨もあるし、日本兵のボタンも入っています。日本軍が使っている陶器製の茶わんのかけらも入っています。遺骨を収容して、…

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