液状化の街3年で一変 盛り土「熱海土石流と共通」 札幌・清田

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地震当日の住宅街。大量に流出した土砂が道路を覆い、奥の住宅は大きく傾いていた=札幌市清田区里塚地区で2018年9月6日午前9時28分、土谷純一撮影
地震当日の住宅街。大量に流出した土砂が道路を覆い、奥の住宅は大きく傾いていた=札幌市清田区里塚地区で2018年9月6日午前9時28分、土谷純一撮影

 2018年9月、最大震度7を記録した北海道胆振東部地震の発生から3年がたった。当時、札幌市清田区里塚地区の住宅街では地盤の液状化により大規模な土砂流出が起き、私は宅地や道路が大きく陥没した現場を取材した。一帯の土地を成すのは、静岡県熱海市の土石流で注目された盛り土だ。二つの被害に共通項はあるのか。そして今、あの街はどうなったのか、再び歩いた。【土谷純一】

清田区里塚地区で起きた液状化被害の流れ 拡大
清田区里塚地区で起きた液状化被害の流れ

 平日の夕方、閑静な住宅街を小学生が笑いながら下校していた。周囲には新築された家々が並ぶ。茶色の土砂に覆われた道路が波を打つようにゆがみ、民家が傾いていた地震当日とは一変していた。

 「すっかり元の光景に戻った」。住民の長江博子さん(47)はこう話し、この3年間を振り返った。当時、目の前の道路は地区内で最も幅が広く、そこから大量の土砂が流出し、自宅は道路側に大きく傾いた。自宅を建て直し、昨年末に住み始め、ようやく落ち着いたところという。「3年間は人生のなかで一番激動だった」と語った。

胆振東部地震発生から3年後、震災当日とほぼ同じ場所で撮影した住宅街=札幌市清田区で2021年9月5日午前9時45分、土谷純一撮影 拡大
胆振東部地震発生から3年後、震災当日とほぼ同じ場所で撮影した住宅街=札幌市清田区で2021年9月5日午前9時45分、土谷純一撮影

 この地区は震央から約90キロ離れていたが、液状化により被災した住宅は約300棟に上った。だが、市の復旧工事は9月初旬までに完了し、日常が戻っていた。家の傾きを直して住み続ける堤浩章さん(32)は「『3年で元に戻り良かった』というだけで終わるのではなく、どこかで地震が起きた時に同じことを繰り返さないよう、この被害を知り、考えてほしい」と願った。

 では、被害はどのようにして広がったのか。被災直後の里塚地区を現地調査した北海道大大学院公共政策学連携研究部の渡部要一教授(地盤工学)は「斜面の有無」が明暗を分けたと分析する。

北海道大大学院の渡部要一教授=札幌市北区で2021年8月22日午後3時28分、土谷純一撮影 拡大
北海道大大学院の渡部要一教授=札幌市北区で2021年8月22日午後3時28分、土谷純一撮影

 顕著な地盤沈下が起きたエリアの中に比較的急な斜面があり、下り坂となっていた。そこは盛り土の端の部分で、地下水までの距離が浅かったことから水が一気に噴出。坂に沿うように土砂が大量に流れ出たといい、「他の地区でも液状化は見られたが、斜面の有無で被害に差が出た」と説明する。

 今年7月に大雨が降り、土石流が発生した熱海市伊豆山との比較について、渡部教授は被害の状況は違うものの「盛り土」と「地下水」が共通点と指摘。「熱海は排水を考慮せず山の斜面に大量の盛り土をしており、大雨で地下水位が上がり、土石流になった」と話した。

 一方、里塚地区については「山を切って谷を埋めて宅地造成する際、土を締め固めずに盛り土した可能性がある。表面だけ平らにすれば見かけ上は分からないが、排水がしっかりしておらず、地下水位が上がってきて液状化した」と解説した。

 札幌市は地震後、里塚地区の復旧工事を3年計画で策定した。19年度から本格的な対策工事に入り、地下水位を下げたほか、道路の下にセメントの柱による壁を作るなどして地盤を強化。宅地には空港や港などに使われることの多い「薬液注入方法」を用いて、住宅が建ったままでも斜めに薬液を注入することで液状化を起こりづらくした。

 震災から3年。市によると、被害が大きかった里塚1の1周辺の住宅106軒のうち、16軒が地区を出ていったという。

 里塚中央町内会の盛田久夫会長(77)は「空き地ばかりになるのではと心配していたが、地震後に新しく引っ越してきてくれた若い世代もいる。コロナ禍で難しいところもあるが、地域になじんでもらえるようなイベントを開くなど工夫していきたい」と前を向いた。

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