「引札」3枚でたどる郷土経済史 朝倉高史学部がパネル展 福岡

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
甘木絞りが隆盛だったことを示す藤井宗三郎商店の引札 拡大
甘木絞りが隆盛だったことを示す藤井宗三郎商店の引札

 福岡県朝倉市の県立朝倉高校史学部は昔の広告チラシ「引札(ひきふだ)」に関する研究をまとめた。同市の甘木歴史資料館で成果を紹介するパネル展「三枚の引札~引札に見る甘木・秋月~」が10月3日まで開かれている。【桑原省爾】

 引札は江戸~大正時代に商品の宣伝のために作られた広告チラシ。明治時代には木版刷りから石版刷りになり色も鮮やかになった。

 前部長で3年の中原透也さん(18)は嘉麻市のリブアーチ型石橋の研究に一区切りがつき、新しいテーマとして引札に着目した。しかし、市内甘木・秋月地域の引札はほとんどなく、入手できたのは「藤井宗三郎商店の甘木絞り」「藤屋商店の呉服太物」「久野氏謹製のいやなが目薬」の3枚だけだった。

中原透也さん 拡大
中原透也さん

 いやなが目薬の引札は木版刷りで明治初期~20年ごろのものと推測され、文献調査などで当時の甘木村、秋月村、彌永(いやなが)村の辺りで県の売薬生産額の約45%を占めていたことが分かった。この地域でなぜ売薬業が発達したのかを考察し(1)豊富で質の良い地下水の存在(2)甘木の物流機能の高さ(3)日本四大売薬の一つ、佐賀県田代地区との深い関係性――が理由と結論づけた。

 8月に資料館の主催で発表会を開く予定だったが、コロナ禍で中止になり、パネル展のみでの披露となった。

いやなが目薬の引札
いやなが目薬の引札

 中原さんは「引札は当時の地域経済の実情を知る資料として歴史学・地理学・民俗学的な価値があり、美術品としても興味深い。朝倉に残る引札の保存や研究に向けた動きにつながるといいと思う」と話す。顧問の泉信至教諭は「甘木・秋月地域の引札は本格的に調査されたことはなく、彼の発表は先駆けとなるはずだったが、残念ながらかなわなかった。石橋の調査を中心に精力的に活動し、よく頑張ってきた」と評価している。入館無料、月曜は休館。

あわせて読みたい

注目の特集