「999年分泣いた」撮影中の事故で人生一転 俳優・滝川英治さんの夢

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
パラリンピック開会式の終了後、出演時の衣装を身にまとった写真をブログに投稿し、思いを語った滝川英治さん=えりオフィス提供
パラリンピック開会式の終了後、出演時の衣装を身にまとった写真をブログに投稿し、思いを語った滝川英治さん=えりオフィス提供

 東京パラリンピックの開会式で、パフォーマンスの始まりを告げるホイッスルを吹いた車いすの人物に注目が集まった。2017年にドラマ撮影中の事故で脊髄(せきずい)を損傷した滝川英治さん(42)だ。アクションもこなせるスポーツ万能の俳優として知られた滝川さんは事故直後、「999年分泣いた」という。だが今夏は、パラ開会式でスポットライトを浴び、さらには「ボッチャの大きなりんごの木」(朝日新聞出版)を出版し絵本作家としてデビューした。一転した人生にいま、何を思うのだろうか。【生野由佳/デジタル報道センター】

 8月24日午後8時過ぎ、開会式が始まるとブルーの衣装に身を包んだ滝川さんの姿が、テレビに映し出された。開会式のテーマは「WE HAVE WINGS(私たちには翼がある)」。飛躍を象徴する場所、空港「パラ・エアポート」の管制塔クルー役で映像出演した滝川さんは、周囲を見回し、ホイッスルを鳴らした。

 9月中旬、取材に応じてくれた滝川さんは、事故からの道のりを物語るかのような表情でこう言った。「滝川英治はかっこよかった。素直にそう思うことができましたね。何の悔いもありません」。感無量。パラの舞台に立つことは、再スタートを切ってからの目標でもあった。

 生死のふちをさまよった。学生時代から約20年、役者一筋だった人生をいったん手放した。一時は声さえ奪われた。「事故でけがをしたことが、自分の人生で意味があることだった。そう思える人生に自分でしなければいけないし、そう思わなければ生きていけません」。滝川さんは言葉に力を込めた。

事故前は「恵まれた人生だった」

 滝川さんは事故までの人生を「恵まれていた」と話す。大学在学中にスカウトされ、芸能界に。02年には大正製薬・リポビタンDの「ファイト・一発!」のCMでケイン・コスギさんのパートナーに起用され、名を売った。舞台やテレビドラマに出演し、浮き沈みはあったものの、事故に遭ったその年は舞台で主演を務めるなど仕事は順調だった。

 17年9月15日、その人生が一変する。山梨県の山中でドラマの撮影中、運転していたロードバイク型の自転車が縁石にぶつかり転倒した…

この記事は有料記事です。

残り3934文字(全文4834文字)

あわせて読みたい

この記事の筆者
すべて見る

ニュース特集