木津川 奈良時代・恭仁宮の中心施設 「大極殿院」の大きさ確認 東西約142メートル、南北約223メートル /京都

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大極殿院の北東端で出土した、築地回廊を築く際の足場穴の跡(手前の男性が立っている位置)=京都府木津川市加茂町の恭仁宮跡で、鈴木健太郎撮影
大極殿院の北東端で出土した、築地回廊を築く際の足場穴の跡(手前の男性が立っている位置)=京都府木津川市加茂町の恭仁宮跡で、鈴木健太郎撮影

宮殿の主要区画 規模確定

 聖武天皇が奈良時代の740年から3年余り都を置いた恭仁(くに)宮(木津川市)の中心施設「大極殿院」の大きさが、東西約142メートル、南北約223メートルと確認された。府教委が9月15日に発表した。2021年度の発掘調査で大極殿院北東端の遺構が見つかったことから、予想通りの大きさと分かった。【鈴木健太郎】

 大極殿院は、天皇の即位など朝廷の主要儀式が行われた「大極殿」のある区域。南隣には大臣級の役人が政務や儀式をした「朝堂院」、更にその南隣には出勤した役人が服を着替え、待機するなどした施設「朝集院」があった。今回の調査結果で大極殿院、朝堂院、朝集院という宮殿の主要な区画の規模が確定した。

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