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東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

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浪江・請戸小 福島で初の震災遺構 津波の記憶伝え 24日公開

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報道陣に公開された震災遺構の請戸小学校=福島県浪江町で2021年10月7日、和田大典撮影
報道陣に公開された震災遺構の請戸小学校=福島県浪江町で2021年10月7日、和田大典撮影

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の記憶を伝える震災遺構として整備された福島県浪江町立請戸(うけど)小学校が7日、報道陣に公開された。当時の生々しい痕跡が残る建物を取り壊さずに保存する震災遺構は、岩手・宮城両県で整備されてきたが、福島県では初めて。一般公開は24日から。

震災遺構の請戸小学校で展示される、津波の被害を受けた時計=福島県浪江町で2021年10月7日、和田大典撮影
震災遺構の請戸小学校で展示される、津波の被害を受けた時計=福島県浪江町で2021年10月7日、和田大典撮影

 浪江町を襲った津波は高さ15メートル以上とされる。請戸小は海岸から約300メートル離れた地点にあり、津波は2階建て校舎2階の床付近まで到達。1階部分はコンクリート製の柱や壁以外、ほぼ押し流された。地震発生時に校舎にいた2~6年生82人と教職員13人は徒歩で約1キロ離れた高台に避難して、既に下校していた1年生も含め全員無事だった。一方で請戸地区では住民ら154人が犠牲になった。

 震災翌日、町全体に原発事故による避難指示が出たため、沿岸部の行方不明者の捜索は遅れた。避難指示は2017年春に帰還困難区域を除き解除されたものの、請戸地区は津波の災害危険区域に指定されて人が住めず、周辺は荒涼としている。同校も再開されないまま今年4月に閉校した。

 校舎横に建てた管理棟には、漁師町だった請戸地区や震災前の学校の姿を紹介するパネルを展示。校舎1階には津波が突き破った天井、ねじ曲がった窓枠、津波が到達した午後3時37分で止まった時計などが保存され、児童らが避難する一部始終もイラストで紹介する。2階には校旗や校歌、住民のインタビュー映像を展示し、原発事故による長期避難の状況も解説する。一時立ち入りした卒業生が「ここで会える日をたのしみに。みんなでがんばろう!」などとメッセージを書き残した黒板も1枚展示している。

 町は国の復興交付金約3億5000万円を使って遺構を整備した。維持費は町が負担する。町教育委員会の玉川宏美さん(31)は「地震、津波、原発事故の複合災害の経験を風化させず、来場者に身近な防災を考えてもらう場所にしたい。地元の人が請戸に集まるきっかけにもなれば」と話した。【尾崎修二、寺町六花】

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