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お笑い、大衆芸能、放送などエンタメ全般を取材してきた、油井雅和記者が「舞台裏」をつづります。

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「自分も楽しく、お客さんも楽しませ」また聴きたい 柳家小三治さん

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柳家小三治さん=2007年10月13日撮影
柳家小三治さん=2007年10月13日撮影

 「自分が楽しくなけりゃ、お客さまを楽しませることはできない――」。今月7日に81歳で亡くなった人間国宝の噺家(はなしか)、柳家小三治さんは、長年病気と付き合いながら、この新型コロナウイルス下でも現役として高座に出続けていた。亡くなる5日前にも元気な姿を見せ、上機嫌で高座を下りたという。急逝の知らせに驚かれた方も多いだろうが、落語家人生を見事に全うされたのだと思うばかりだ。

 「東京落語、柳家の芸である滑稽噺(こっけいばなし)の名手」。落語に詳しくない方に、かみ砕いて小三治さんの落語を説明すれば、「大ネタはそんなにかけないし、大爆笑ではないけれど、クスッと笑える落語を聴かせてくれて、いつもいい心持ちで帰路につけるのが小三治さん」。だからまた、小三治さんを聴きたくなる。

 落語の本題に入る前の冒頭部分、「まくら」の話題の豊富さと長さも小三治さんならでは。一方通行に見えるけれども、小三治さんはまくらで客の反応を見ながら「会話」を楽しみ、本題へと入る。計算し尽くされた展開も、決してそうは見せず、新鮮な話題と落語が結びつき、小三治さん独自の世界を作り上げた。「名人」の定義は人それぞれだが、晩年の小三治さんは高座に出てくるだけで、その存在感が違った。名人にふさわしい高座だった。

地味だが多趣味

 小三治さんは立川談志さん、古今亭志ん朝さん、五代目三遊亭円楽さん(いずれも故人)ら東京落語の「若手四天王」のすぐ下の世代。四天王がマスコミに取り上げられるなど派手なイメージに比べれば、小三治さんは地味だったかもしれない。

 私が小三治さんを初めて見たのは、NHK「お好み演芸会」の大喜利コーナー(1973~80年)。それこそ今の「笑点」の春風亭昇太さんのように、若い小三治さんがベテラン相手にテキパキと司会を務めていた姿が記憶にある。

 次に覚えているのが、雑誌「音楽の友」でのクラシック談議。カラヤン、ベームといった名指揮者が来日し、失礼ながら音楽評論家のお堅い記事が多い中、小三治さんの文はわかりやすく読みやすかった。そこから小三治さんの落語を意識して聴くようになり、カラヤン推しの小三治さんのおかげでベーム派の私はカラヤンも好きになっていった。

 小三治さんは音楽にとどまらず多趣味だった。オーディオ、オートバイ、スキーなどなど。東京・上野の寄席、鈴本演芸場にグランドピアノを持ち込んで、独演会ならぬ「独唱会」を開いたこともあった。多くの趣味をとことん楽しむことは、回り回ってまくらに、そして落語につながっていったのだろう。

「小三治」の謎

 「(小三治は)小さんにも 事務員さんにも なる名前」という言葉をかつてよく聞いた。これはもともと…

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