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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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峠三吉や原民喜らの詩や日記、世界記憶遺産に再申請 原爆文学資料

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原爆詩人の原民喜が1945年8月7日、神社の階段でメモをしたためた手帳のレプリカ=広島市役所で2021年10月14日午後3時、山本尚美撮影
原爆詩人の原民喜が1945年8月7日、神社の階段でメモをしたためた手帳のレプリカ=広島市役所で2021年10月14日午後3時、山本尚美撮影

 広島市の市民団体「広島文学資料保全の会」(土屋時子代表)と同市は14日、原爆詩人の峠三吉ら3人が被爆直後に書いた詩や日記などの資料を、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)への登録を目指して再申請すると発表した。2015年にも申請していたが、国内審査で落選。一方、ユネスコ側で「政治的対立の回避」を理由に新規の登録判断を見送るなど事実上凍結されていた申請の募集が、制度改革により今年7月に再開されたため、新たな資料2点を加えて臨むことにした。

 申請する資料は計5点。15年に申請した▽峠三吉の「ちちをかえせ ははをかえせ」の冒頭で知られる「原爆詩集」の最終草稿▽栗原貞子が「生ましめんかな」を書いた創作ノート▽原民喜が被爆直後の様子を記録した手帳――の3点に、峠が1945年8月6日の原爆投下前後の様子を克明にしたためた日記とメモを追加した。会によると、追加の資料はほぼ「原爆詩集」の中の「倉庫の記録」の原形になったものという。

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