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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「短命村」と呼ばれた山里 埋もれた歴史に迫るドキュメンタリー完成

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学生たちが制作したドキュメンタリーの中で、高野正明さんは原爆投下後に増設されたという遺体焼却場の近くにある墓石に手を合わせた=広島経済大メディアビジネス学科提供
学生たちが制作したドキュメンタリーの中で、高野正明さんは原爆投下後に増設されたという遺体焼却場の近くにある墓石に手を合わせた=広島経済大メディアビジネス学科提供

 「幼少の人がたくさん死んでる」「よそよりここは『短命村(たんめいそん)』じゃ言うんです」――。広島への原爆投下後に降った「黒い雨」を巡り、多くの人が病に倒れたものの国の被爆者援護の対象区域外とされた集落に光を当てたドキュメンタリーが完成した。制作したのは、広島経済大メディアビジネス学科3年の有志3人。撮影を通じて戦後76年間埋もれていた「短命村」の歴史に迫り、学生たちは何を感じたのか。

 <私は20歳。今まで「黒い雨」のことを知りませんでした。なぜこの方たちは、国の援護から締め出されたのか>

 「黒い雨から76年 短命村と呼ばれた里から」と題した20分間の作品は、インタビューを担当した西野真李花さん(20)のナレーションで進む。

 学生たちが取材を始めたのは2月。米軍が原爆を投下した1945年8月6日、援護対象区域外で雨に遭った住民84人が、被爆者健康手帳の交付を求めて起こした「黒い雨訴訟」の控訴審が広島高裁で係争中だった。広島県出身で平和教育を受けてきた西野さんは「原爆について学んでいるつもりだった」という。だが、「区域外」とされた人たちは被爆者に似た病に苦しみながらも援護を受けられずにきたことを、全面勝訴した2020年7月の…

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【広島・長崎原爆】

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