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平尾誠二さん死去から5年 受け継がれるミスターラグビーの思い

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故平尾誠二さんへのメッセージが書かれたボード=神戸市中央区のメリケンパークで2019年9月28日、韓光勲撮影
故平尾誠二さんへのメッセージが書かれたボード=神戸市中央区のメリケンパークで2019年9月28日、韓光勲撮影

 10月20日。ラグビーを愛する者の胸に刻まれた日だ。5年前、ミスターラグビーと呼ばれた平尾誠二さんがこの世を去り、2年前は、ワールドカップ(W杯)で躍進した日本の挑戦が幕を閉じた。コロナ禍で苦しむ日本ラグビーの未来はどこを目指すべきか。その答えを探して、平尾さんの足跡をたどった。

藪木さん、山中さんは「憧れの人」

 爽やかな秋晴れの日だった。10月中旬、青い空に緑の芝がよく映えた、神戸市の神戸製鋼灘浜グラウンド。今から約30年前、中心選手だった平尾さんらが心血を注ぎ、日本選手権7連覇のチーム黄金期を築き上げた場所だ。待ち合わせたのは「弟分」として可愛がられた藪木宏之さん(55)。元神戸製鋼の主力選手で、現在は関西ラグビーフットボール協会事務局長を務める。「昔はこれほど立派なグラウンドはなかったんですよ。下は土で、小さなクラブハウスがあっただけ」。今では整備された芝に、近代的なトレーニング機器を備えた真新しいクラブハウスがある。この間、日本ラグビーは確実に広がり、根を張った。

 1988年の秋も深まり、社会人チームの優勝争いが佳境を迎えたある日、当時ルーキーだった藪木さんの職場の内線電話が鳴った。「今日、練習早く来られるか?」。主将の平尾さんだった。急いでグラウンドに駆け付けると「今週はお前が10番で出ろ」と大一番の先発を告げられた。藪木さんの本職は9番のスクラムハーフの上、控えが続いていた。司令塔となる10番スタンドオフは平尾さんの定位置だった。

「困ったら俺に回せ」

 平尾さんは他のポジションに回ったが、起用の理由の説明も、詳しい指示もなかった。藪木さんは「手ほどきも何も無いんですよ」と苦笑いで振り返りつつ、「でもね」と言葉を続けた。「試合直前に『好きにやれ』って一言だけ。そして『困ったら俺に回せ。何とかしたるわ』と。不安も緊張もスッと消えました。これが平尾誠二さんなんだ、と改めて感じましたね」

 平尾さんは普段から口数が多いわけでもなければ、強烈なリーダーシップで仲間を鼓舞するわけでもなかった。それでもふと漏れる一言が仲間を奮い立たせた…

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