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「ウィキで調べて」 スタート 五輪メダリスト、長島圭一郎の挑戦

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公開練習で選手を見守る長島圭一郎ヘッドコーチ(左)=長野県の帝産アイススケートトレーニングセンターで2021年9月11日(代表撮影)
公開練習で選手を見守る長島圭一郎ヘッドコーチ(左)=長野県の帝産アイススケートトレーニングセンターで2021年9月11日(代表撮影)

 日本勢が20年以上も五輪の表彰台から遠ざかるスピードスケートのショートトラック。3年前に再建を託されたのは専門外の五輪メダリストだった。2010年バンクーバー五輪スピードスケート男子500メートル銀メダリスト、ナショナルチームの長島圭一郎ヘッドコーチ(HC、39歳)は「スピードスケートとは全然違う。ルールをウィキペディアで調べるところから始めた」と挑戦の日々を語る。

似て非なる「二つのスケート」

 タイムか着順か。競技特性の違いもあり、求められる要素は大きく異なった。スピードスケートのスプリント種目は2人の選手が1周400メートルのリンクでイン、アウトのレーンに分かれ、タイムを競う。いわば自分との勝負という側面が強い。ショートトラックは1周111・12メートルのリンクを4~5人が同時に滑って着順を争う。小回りのリンクのためスピードに加え、他選手との駆け引きがより重要になる。

 日本勢は1998年長野五輪の男子500メートルで、西谷岳文の金を含む二つのメダルを獲得した。しかし、長野五輪後は苦戦が続いた。18年平昌五輪ではカナダ人の元金メダリストがHCを務めたが、言葉の壁もあって思うように強化が進まず、一人も決勝へ進めなかった。

 抜本的な強化方針の見直しを迫られる中、白羽の矢が立ったのが「世界一美しいフォーム」と称された長島氏だった。17年12月の平昌五輪代表選考会で敗れ、引退を決めた直後のこと。日本スケート連盟の当時の会長、橋本聖子氏に突然呼び出された。

 「何か怒られることをしたかな」。…

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【北京オリンピック2022】

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