特集

広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

特集一覧

「わしが言い続けないと」坪井直さん、最晩年まで核なき世界求め

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
日本被団協代表委員の坪井直さん=広島市東区で2017年6月19日、山田尚弘撮影
日本被団協代表委員の坪井直さん=広島市東区で2017年6月19日、山田尚弘撮影

 24日に96歳で亡くなった日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表委員の坪井直(すなお)さんは、被爆地・広島の象徴的存在として核兵器廃絶運動の先頭に立ち続けた。「憎しみからは何も生まれない」。寛容な姿勢で平和の尊さを説き、2016年には広島を訪問したオバマ元米大統領と笑顔で握手した。名前の通り、真っすぐに「核なき世界」を追い求めた人生だった。

 坪井さんは広島工業専門学校(現広島大)の3年生だった20歳の時、爆心地の南約1・2キロで被爆。全身に傷を負い、40日以上にわたって生死の境をさまよった。その時のことを「忘れようと思っても、忘れられん苦しみ」と形容した。

この記事は有料記事です。

残り955文字(全文1240文字)

【広島・長崎原爆】

時系列で見る

関連記事

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る

ニュース特集