四半世紀続いたオリックスの低迷 再びリーグ制覇できた二つの理由

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1996年の日本シリーズで巨人を退け、胴上げされる仰木彬監督=グリーンスタジアム神戸で1996年10月24日撮影
1996年の日本シリーズで巨人を退け、胴上げされる仰木彬監督=グリーンスタジアム神戸で1996年10月24日撮影

 プロ野球の12球団で最も長くリーグ優勝から遠ざかっていたオリックスが25年ぶりにパ・リーグ制覇を果たした。前回1996年は「がんばろうKOBE」を掲げて日本一に輝き、阪神大震災の被災者を勇気づけた。それから四半世紀。長期低迷から抜け出せた背景には「大阪シフト」と「神戸時代への回帰」の二つのキーワードがあった。

「大阪の球団化」

 オリックスは、イチローが米大リーグ挑戦で抜けた2001年から20年間で最下位が9回と、長らく4位以下のBクラスが“指定席”だった。優勝できる戦力を整えられた要因の一つに、阪神大震災復興のシンボルとして愛された神戸市から大阪市に本拠地を移し、商圏拡大を目指して名実ともに「大阪の球団化」を目指した球団の戦略がある。

 今季の戦力を見ると、東京オリンピックの野球日本代表で活躍したエースの山本由伸(23)や主砲・吉田正尚(28)を筆頭に入団6年目前後の選手が目立つ。17年に大阪市此花区の人工島・舞洲(まいしま)に完成した練習拠点で育った選手たちだ。

 04年オフに近鉄と合併し、京セラドーム大阪を本拠地として以降も、イチローらが巣立った神戸市内の選手寮「青濤館(せいとうかん)」や室内練習場などを使用していたが、舞洲移転で球場と練習拠点が近くなり、選手が試合や練習に打ち込みやすい環境が整った。移転は神戸からの事実上の撤退を意味したが、実行に移したのは「一番は…

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