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脇園とバルベラ 聴き手を圧倒 新国立劇場「チェネレントラ」

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新国立劇場の新シーズン幕開けを飾った「チェネレントラ」(粟國淳演出) 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
新国立劇場の新シーズン幕開けを飾った「チェネレントラ」(粟國淳演出) 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 新国立劇場のシーズン開幕を飾ったロッシーニ「チェネレントラ」(10月1~13日の6公演)。緊急事態宣言が解除された日に初日を迎えたのは神の祝福か。そう思えるほど音楽が充実していた。(香原斗志)

 告白すれば、指揮者がマウリツィオ・ベニーニから城谷正博に変わって、不安が拭えなかった。ロッシーニの演奏は音がまろやかに響きつつ流麗で快活、そして弾むようであってほしい。また歌唱が技巧的である分、歌手の呼吸への理解がロマン派オペラ以上に欠かせない。ロッシーニ演奏で百戦錬磨のベニーニと、経験がない城谷との差を思わずにはいられなかった。

 ところが序曲から、まろやかな音が軽快に弾んでいる。城谷の熱心な研究の賜物(たまもの)だろうが、センスもなければこうはいかない。「クレッシェンドにもう少し高揚感を」など欲を言えばきりがないが、ロッシーニのツボは押さえられている。これなら手だれの歌手たちの歌が生かされる。

 ヒロインのアンジェリーナを歌う脇園彩は、最初から印象が鮮烈だ。少しも力みのないまろやかな声が、息に自然に乗せられ客席にしっかり届く。しかも、どの音域も音圧が一定でムラなく響く。イタリアで認められた彼女の歌を数年前から定期的に聴いているが、そのたびに歌がさらに磨かれる。稀有(けう)なことである。

 脇園をいじめる継父ドン・マニフィコ役はイタリアの大ベテラン、アレッサンドロ・コルベッリ。低声を色彩豊かに操って特異なキャラクターを縦横に描く。69歳とは信じがい自然な響きで、身体の細かな動きまでが歌と連動している。

 王子ラミーロを歌うルネ・バルベラは脇園との相性がいい。「チェネレントラ」はオペラ・ブッファだが、この若い2人と王子の教育係アリドーロのために書かれた音楽は、オペラ・セリアに近い。そうした場面の白眉(はくび)の一つが2人の美しい二重唱だ。バルベラは胸声の高音からソット・ヴォーチェの中低音の間を自在に行き交う。そして脇園の声と絶妙にからみ、2人のときめきや戸惑いが表現された。

大ベテラン、アレッサンドロ・コルベッリの出演も話題を呼んだ 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
大ベテラン、アレッサンドロ・コルベッリの出演も話題を呼んだ 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 ただ、そうした場面にセットが音を立てて運ばれるのは残念だった。粟國淳の演出は、舞台が1950年代のローマの映画スタジオに置き換えられ、そこで「シンデレラ」の撮影と映画王の嫁探しが行われる設定なのだ。道具は頻繁に入れ替わりカメラが人物を追う。アレッサンドロ・チャンマルーギの装置や衣装は美しいのだが、音楽に描かれた真実の感情の発露を邪魔してほしくはなかった。

 一方、溌溂(はつらつ)とした合唱に集団の動きを合わせる術は、粟國はさえている。その合唱とともに登場する王子の従者ダンディーニを歌う上江隼人も及第点だろう。ヴェルディが得意な上江だが、意外にも声を軽やかに回してコミカルな役回りをこなした。アリドーロを歌ったガブリエーレ・サゴーナも、格調高い低声でアジリタも巧みにこなした。

 第2幕にはクライマックスが二つある。そのひとつ王子のアリアは四つのハイCが記譜されているが、バルベラは特別な音と感じられないほど軽々と発する。そのうえ後半部を反復する前にハイDを加え、最後の音もオクターブ上げてハイCにし、後奏が終わるまで引っ張った。そして客席が沸くとアンコールに応じ、われわれの「自粛疲れ」を痛快に吹き飛ばしてくれた。

アンジェリーナを演じた脇園彩やラミーロを歌ったルネ・バルベラら、シーズン幕開けにふさわしい歌手陣が集った 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場
アンジェリーナを演じた脇園彩やラミーロを歌ったルネ・バルベラら、シーズン幕開けにふさわしい歌手陣が集った 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 そしてアンジェリーナが歌うフィナーレのロンド。彼女は自分を苦しめてきた継父や継姉たちに「私の復讐(ふくしゅう)は彼らを許すこと」と宣言し、技巧を凝らして歌うのだが、脇園のようになめらかな声に敏捷(びんしょう)で正確なアジリタを交えて精緻に歌われると、苦衷を心にしまう決意から幸福への願い、ラミーロへの思いまで、さまざまな感情が音楽に乗せられて聴き手を圧倒する。それがロッシーニの狙いであり、脇園はそれに応えた。

 初日と最終日を含め3回鑑賞したが、管弦楽は日増しに軽快になっていた。もっと隅々までロッシーニ歌手がそろえばアンサンブルはさらに完成された、など言いたいこともあるが、ロッシーニの上演として世界に誇れる水準であったのは間違いない。

公演データ

10月1日(金)19:00、3日(日)14:00、6日(水)19:00、9日(土)14:00、11日(月)14:00、13日(水)14:00

指揮:城谷正博

演出:粟國 淳

美術・衣装:アレッサンドロ・チャンマルーギ

照明:大島祐夫

振付:上田 遙

舞台監督:髙橋尚史

 

ドン・ラミーロ:ルネ・バルベラ

ダンディーニ:上江隼人

ドン・マニフィコ:アレッサンドロ・コルベッリ

アンジェリーナ:脇園 彩

アリドーロ:ガブリエーレ・サゴーナ

クロリンダ:高橋薫子

ティーズベ:齊藤純子

合唱指揮:三澤洋史

合唱:新国立劇場合唱団

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、「イタリア・オペラを疑え!」(アルテスパブリッシング)。共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。ファッション・カルチャー誌「GQ japan」web版に「オペラは男と女の教科書だ」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、近著に「カラー版 東京で見つける江戸」(平凡社新書)がある。

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