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渡邊十絲子・評 『時間の解体新書 手話と産みの空間ではじめる』=田中さをり・著

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『時間の解体新書 手話と産みの空間ではじめる』
『時間の解体新書 手話と産みの空間ではじめる』

 (明石書店・1980円)

複眼で見るズレと世界認識

 哲学とは、おおざっぱに言うと、「この世界をどう認識するか」という考え方のことである。その土台には「認識するのは誰なのか」という問題があるはずだが、そこには長年にわたり充分に耕されてこなかった部分があると思う。

 著者はきょうだいに聴覚障碍(しょうがい)者がいる。子どものころ、家庭内では<動作や人の感情をわかりやすく単語化した合図>を使用していた。高校生のとき地元の聾(ろう)学校を訪れて、低学年の子どもたちの手話でさえ一単語も読み取れないことに驚く。手話は独自の構造をもった言語だと知り、一から手話を学んだ。のちに哲学を専攻し、手話が哲学を学ぶ人たちの視野に入っていないことに疑問をもつ。<異なる言語モードで考えられたら、一つの言語の中だけに生じるような見かけ上の疑似問題を、これまで哲学の問題と言われてきたものから切り離すことに役立ちそうなもの>だと思った。

 <学術的な哲学の議論で使われる音声言語と日常会話的な手話では、形式だけでなく、感覚的なイメージも異なる>。このズレの中には豊かな可能性が眠っている。著者の場合は手話だが、もちろんそれに限らない。同じ日本語をしゃべっているようで、互いに独特な感覚をこめた「通じにくい言葉」を交わす体験は、誰もが日常的にもっている。自分とは大きく異なる経験や価値観をもつ人とは話がなかなか通じない。でもそれは、そこに横…

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