平安京の内裏で明確な建物跡初確認 皇后らが住んだ登華殿か

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「登華殿」とみられる柱穴や雨落ち溝の底石などの遺構=京都市上京区で2015年8月11日午後0時14分(市埋蔵文化財研究所提供)
「登華殿」とみられる柱穴や雨落ち溝の底石などの遺構=京都市上京区で2015年8月11日午後0時14分(市埋蔵文化財研究所提供)

 平安京の中枢部で天皇が居住した「内裏(だいり)」にあり、中宮(皇后)らが住んだ「登華殿(とうかでん)」の遺構とみられる柱穴などが、京都市上京区で市埋蔵文化財研究所が行った発掘調査で確認された。8世紀末に遷都された当時の遺構とみられ、平安京の内裏で明確な建物跡が見つかったのは初めて。

 発掘調査はグループホーム建設に伴って2015年に実施され、同研究所が報告書にまとめた。

 内裏は東西約182メートル、南北約226メートルの区画で17の御殿などがあったとされる。調査地は内裏の北西部に位置し、皇后や女官らが住んだ登華殿、その南側の弘徽(こき)殿があったと推定される場所。調査の結果、礎石を置かず地中に柱を埋める「掘っ立て柱」の穴跡(直径1・2~1・5メートル)が南北に並ぶ形で、約3メートル~2・1メートル間隔で五つ見つかった。

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