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第49回衆院選

岸田文雄首相が衆院選を10月19日公示、31日投開票で実施すると表明。短期決戦の選挙戦となります。

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自民元大阪市議の衆院3区出馬騒動 顕在化させた自公協力のきしみ

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当選確実となったが、こわ張った表情のまま支持者らにあいさつする柳本顕氏=大阪市西成区の事務所で2021年10月31日夜、野田樹撮影 拡大
当選確実となったが、こわ張った表情のまま支持者らにあいさつする柳本顕氏=大阪市西成区の事務所で2021年10月31日夜、野田樹撮影

 公明党現職がいる衆院大阪3区に、「有権者の選択肢を増やしたい」と無所属で出馬する意向を固め、その後、翻意した自民党元大阪市議の柳本顕氏(47)が、比例代表近畿ブロックに比例単独で立候補して当選した。結果的に大阪3区では自民推薦の公明候補が10選を果たしたが、柳本氏を含め地元の自民関係者は複雑な思いを抱えたまま選挙戦に臨んだ。20年以上続く自公の選挙協力の下、現場では何が起きていたのか。

 「自民党と公明党がしっかり力を合わせるための3区です」。衆院選公示後初めての日曜となった10月24日、岸田文雄首相は大阪市西成区役所前で、公明党の山口那津男代表、3区に立候補した佐藤茂樹氏(62)と共に選挙カーの上に並び、声を張り上げた。3人がつないだ手を掲げると、1000人を超える聴衆から割れんばかりの拍手が起こった。

 選挙カーのすぐ横では、柳本氏が直立不動のまま演説に拍手を送っていた。山口代表から名前を紹介されると手を挙げて応じたが、その後は時折天を仰ぎ、表情を変えることはない。会場の熱狂ともいえる盛り上がりとは、あまりに対照的な姿だった。

衆院選大阪3区の公明候補、佐藤茂樹氏の応援のため岸田文雄首相(右から2人目)と山口那津男・公明党代表(同3人目)が駆け付けた街頭演説に顔を出した柳本顕氏(左下)=大阪市西成区で2021年10月24日、加古信志撮影 拡大
衆院選大阪3区の公明候補、佐藤茂樹氏の応援のため岸田文雄首相(右から2人目)と山口那津男・公明党代表(同3人目)が駆け付けた街頭演説に顔を出した柳本顕氏(左下)=大阪市西成区で2021年10月24日、加古信志撮影

内外から批判を浴びた柳本氏

 この2週間あまり前、柳本氏は大阪市議だった祖父の代から続く地盤の3区から、無所属で出馬する意向を表明した。自民党市議団幹事長を務め、維新が掲げた「大阪都構想」の賛否を問う住民投票では、反対する自民の中心的存在として活動。2015年と19年の大阪市長選では、吉村洋文・現知事や松井一郎市長と渡り合った大阪自民の「エース」だ。一時は出馬会見まで予定していたが、自公の選挙協力への影響を懸念した遠藤利明・党選対委員長を含む複数の党幹部から「しかるべき処遇をする」と直接連絡があり、出馬を取りやめた。

 しかし公明関係者は「出馬すると脅したようなもので、こっちは振り回された」と苦言を呈する。その後、出馬回避の見返りのように、柳本氏が「当選確実」な比例上位を与えられたこともあり、自民府連幹部も「最初から比例狙いだったんじゃないか。(比例単独上位での処遇が)もう次はないだろう」と突き放した。

 結果的に、内外から批判を浴びることになった柳本氏。だが、今回の「出馬騒動」は、いったい何を物語っているのか。

 「公明の選挙区が固定化されることで、自民支持者が投票できていない現実がある。『とりあえず選挙だからよろしくね』という自公協力では、お互いのためによくない」。比例代表で自民公認が決まった後の10月16日、柳本氏は記者会見で出馬を模索した意図をこう強調した。

 大阪3区は00年以降、公明が8回連続で候補を擁立し、自民支持者の間で「投票したい候補者がいない」という不満が募っている。過去3回の3区で、投票者数に占める無効票の割合は▽12年、10・8%▽14年、15・2%▽17年、10・2%――。全国の無効票の割合2~3%と比べて桁違いに高い。無効票のうち、何も書かない白票が毎回約6割を占めている。

 選挙区内に住む自民支持の男性(69)は「柳本さんが無所属で出馬するという報道を見た時はうれしかった。有権者からしたら何が選挙協力やと感じる」と嘆いた。自公協力が始まってからずっと白票を投じているという西成区の無職男性(76)は「比例だけ自民と書き続けている。選択肢がなくて(名前を書くのは)難しいね」とつぶやくように語った。

 20年にわたる自公協力によって「地方組織が弱体化した」と嘆く自民関係者も多い。3区に含まれる大正区には、自民の府議、市議が一人もいない。複数の自民市議によると、19年の市議選で元国会議員の秘書を擁立しようとしたが、公明との競合を避けて取り下げたという。同区の自民支部の幹部は「府連からは党員を増やせと言われるが、入党しても公明党の後援会みたいになっている。政権与党のメリットがなく、地方組織が先細りになっていくばかりだ」とため息をつく。

 さらに、維新が推し進めた大阪都構想の賛否を問う住民投票が、地元の自公関係をこじらせた。15年にあった1回目の住民投票では、自公が協力して反対運動を展開し、否決を勝ち取った。しかし、20年の2回目の住民投票では、公明が維新に歩調を合わせて賛成に転じたのだ。2回目の住民投票も否決となったが、自公の間にしこりは残った。今回の選挙期間中も、3区の自民関係者の動きは鈍かった。

 ある自民関係者は、佐藤氏の個人演説会への出席を断り、これまで協力していたポスター貼りにも「(自身の)後援会に説明が付かない」と難色を示した。複数の自民関係者は「公明を応援するのは前回の選挙よりずっと少なかった」と口をそろえた。

 柳本氏も佐藤氏とは距離を置いた。公示日の10月19日には、佐藤氏の出陣式に出席しながら一言も発さず、逃げるように会場を後にした。23日には初めて3区内を街宣車で回り、日没過ぎのJR大正駅前で街頭演説を行った。約15分間の演説で、佐藤氏への投票を呼び掛けたのは一度きりだった。

大物が自公の盤石ぶりアピール

 地元の空気とは裏腹に、佐藤氏のもとには岸田首相をはじめ、安倍晋三元首相や二階俊博元幹事長ら大物が相次いで応援に駆けつけ、自公の盤石ぶりをアピール。佐藤氏が2位に約3万7000票差を付ける圧勝で選挙戦は幕を閉じた。

 柳本氏は投開票日の31日午後9時過ぎ、当選が確実になると集まった支援者の前に姿を現した。こわ張った表情を崩さず、「大阪にとって貴重な1議席をいただき、深い責任を心に受けとめている」と言葉少なに語り、当選を喜ぶバンザイは見送った。

 支援者へのあいさつを終えた柳本氏は報道陣の取材に対し、「自公協力のあり方については同じ状況を抱える選挙区があり、そこと声を上げていきたい」と声を張った。一方で公明への配慮も口にし、3区での出馬を模索した当時の勢いは影を潜めていた。「次は3区出馬を目指すか」という記者の問いには、「今は白紙だ」と述べるのみだった。

 今回の3区の無効票の割合は10・0%。自民支持者らが「選択肢がない」と訴える状況は続いている。【野田樹】

【第49回衆院選】

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