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ソ連崩壊30年

東西冷戦で米国と覇権を競ったソ連は1991年12月に崩壊。連邦解体から30年の足取りや現状をリポートします。

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ソ連崩壊30年

有権者の8%が被選挙権を剝奪 「第2のソ連だ」と野党指導者

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ロシア下院選の不正を訴える抗議集会で「選択のない選挙」などと書かれたプラカードを掲げる人々=モスクワで2021年9月25日、前谷宏撮影
ロシア下院選の不正を訴える抗議集会で「選択のない選挙」などと書かれたプラカードを掲げる人々=モスクワで2021年9月25日、前谷宏撮影

 ソ連が1991年12月に崩壊してから、間もなく30年を迎える。旧ソ連諸国の今を追った連載(全7回予定)の第3回は、ロシアの政治状況を報告する。23日に掲載予定の第4回は、中央アジアの一部で始まる変革の動きに焦点を当てる。

 ソ連末期に共産党の一党独裁体制が終わり、独立後のロシアでは民主化の進展が期待された。だが、プーチン大統領が強権政治を進める現状について「第2のソ連」と批判する野党政治家がいる。

「仕組まれた捜査」で出馬を断念

 プーチン政権への抗議活動を率先してきた元下院議員のドミトリー・グトコフ氏(41)。モスクワ郊外にある彼の別荘などに捜査当局の一斉捜索が入ったのは6月初めだった。容疑はおばの経営する会社が借りていた建物の地下室の家賃の支払いを不正に免れたことに関与したという内容。この会社の経営に関わったことはなく、容疑を「でっち上げ」と訴えたが、おばと共に2日間にわたって拘束された。さらなる捜査や圧力を恐れ、釈放から3日後に国を去った。

 「私を立候補させないために仕組まれた捜査だ」。今はブルガリアに滞在するグトコフ氏はオンラインの取材で改めて無実を訴えた。グトコフ氏は政権に協力的な野党「公正ロシア」の議員だったが、2011年の下院選後に起こった選挙不正を訴える抗議活動に参加するなど、プーチン政権への批判を強めたことを理由に党を除名された。リベラル系野党から出馬を予定していた9月の下院選では、当選する可能性も取り上げられていた。

 下院選の前には、グトコフ氏以外にも過去の抗議活動への参加や書類の不備などを理由にして、野党系候補が立候補を選管当局に認められない事例が続いた。政権に批判的な政治家が多い無所属の候補についても、174人のうち立候補を認められたのはわずか11人。与党「統一ロシア」は支持率低迷にもかかわらず3分の2以上の議席を維持し、大規模な不正の可能性も指摘された。グトコフ氏は「もはやロシアに選挙と呼べるものはない」と吐き捨てるように言う。

政治的な混乱が安定志向を呼ぶ

 ロシアではソ連崩壊により政治的な自由が生まれた90年代に多数の政党が乱立。激しい権力闘争は政治的混乱を生み出した。いきなり価格を自由化したことなどにより、経済状況も悪化した。国民の間で民主主義や自由主義への懐疑が広がる中、求められたのが国を安定させる強いリーダーだ。ここで登場したのが、…

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