特集

ソ連崩壊30年

東西冷戦で米国と覇権を競ったソ連は1991年12月に崩壊。連邦解体から30年の足取りや現状をリポートします。

特集一覧

ソ連崩壊30年

タリバンとも対話路線 ウズベクの変革は地域に広がるか

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
アフガニスタン北部につながる「友好の橋」の前で農作業をする人々=ウズベキスタン南部テルメズで2021年10月26日、前谷宏撮影
アフガニスタン北部につながる「友好の橋」の前で農作業をする人々=ウズベキスタン南部テルメズで2021年10月26日、前谷宏撮影

 ソ連が1991年12月に崩壊してから、まもなく30年を迎える。旧ソ連諸国の今を取り上げた連載(全7回予定)の第4回は、中央アジアで始まった変革を取り上げる。次回はソ連を懐古する風潮が強まるロシアの状況を報告する。

 多くの中央アジアの国ではソ連時代のエリートによる強権統治が敷かれてきたが、その典型だったウズベキスタンで今、自由化に向けた改革が始められている。隣接するアフガニスタン情勢の影響が懸念される中、改革は他の中央アジア諸国へと広がるのか。

アフガンとの「出入り口の都市」

 ウズベキスタンの南端にあるテルメズはアフガンとの「出入り口」だ。アムダリア川を挟んでアフガン北部とつながる鉄橋「友好の橋」は、この地に侵攻したソ連軍が1989年に撤収を完了した際に利用したことでも知られる。アフガンのイスラム主義組織タリバンが復権した今年8月には、国外脱出を望む政府軍の軍人らがこの橋に殺到する写真が出回り、混乱が飛び火するとの危機感が高まった。

 10月下旬、記者が現地を訪れると、橋の近くでの撮影は許されなかったが、平穏な光景が広がっていた。周囲では畑で農作業が続けられており、国境沿いの遺跡や観光地も通常通りに観光客を受け入れている。地元の大学で英語を学ぶ女子大生のディルハヨさん(21)は「国境は軍が守っている。タリバンの復権後も市内の生活に変わりはない」と話す。

 「我々はタリバンとも関係を築いている」とトゥルスノフ副市長は話す。近年はアフガン北部との経済関係を深め、市周辺にはアフガンとの合弁事業がすでに300以上存在する。10月中旬にはタリバンの代表団が市内を訪れ、ウズベク政府との間で貿易や電力供給などを続けることが確認された。友好の橋の周囲に両国民が10日間ビザ無しで滞在できる経済特区を作ることも計画されているという。

 「タリバンが長期にわたって国を統治するのは確実だ」。ウズベクのアブドゥハキモフ副首相は毎日新聞の取材に…

この記事は有料記事です。

残り1063文字(全文1881文字)

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る
この記事の筆者
すべて見る

注目の特集