全斗煥元韓国大統領死去 栄光と汚辱、韓国民主化の歴史とともに

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1996年8月、法廷に出廷する全斗煥(右)、盧泰愚両元韓国大統領=聯合AP
1996年8月、法廷に出廷する全斗煥(右)、盧泰愚両元韓国大統領=聯合AP

 「盟友」の盧泰愚(ノテウ)氏(10月26日に88歳で死去)の後を追うようにして全斗煥(チョンドゥファン)氏が亡くなった。恐らく棺を覆っても全氏の功罪をめぐっては結論が出まい。

 客観的にみれば、全氏は朴正熙(パクチョンヒ)大統領の後を継いで経済発展の軌道を確実なものとし、1988年のソウル・オリンピック成功の基礎を固めた。さらに言えば、韓国の独立後、常に流血を伴った「権力交代」をとにもかくにも「平和的」に実現したことは、今日、先進国の一角を占める韓国にとって忘れてはなるまい。

 全氏は大統領任期を1期7年に限定する憲法改正を行い、80~88年の大統領在職中には「平和的政権交代」を何度も約束していたが、信じる国民はほとんどいなかった。任期切れが迫るにつれ、全氏は長期政権への未練をちらつかせ、周囲に「政権を握るのも難しいが、手放すのはもっと難しい」「あなたでなければだめですよ、という人がいる。時には悪魔のささやきがなかったわけではない」と漏らしたこともあった。

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