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大学スポーツ365日

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35年ぶりVの神戸大野球部 大阪桐蔭を苦しめた右腕と変革の波

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リーグ優勝が決まり、中井監督を胴上げする神戸大の選手たち=神戸市灘区の神戸大六甲台グラウンドで2021年10月5日(神戸大提供)
リーグ優勝が決まり、中井監督を胴上げする神戸大の選手たち=神戸市灘区の神戸大六甲台グラウンドで2021年10月5日(神戸大提供)

 甲子園経験者はわずか1人、グラウンドは他部と共用の国立大が今秋、快挙を成し遂げた。近畿学生野球秋季リーグで神戸大が35年ぶりに優勝。3年前、「最強」と呼ばれ、甲子園を春夏制覇することになる大阪桐蔭高から、勝利まであとアウト一つに迫った右腕が原動力になった。しかし、躍進の理由はそれだけではない。四半世紀前、同大野球部の低迷期に所属した記者が尋ねると、変革の波を感じた。

「根尾さん」を追い詰めたエース

 9月に開幕した秋季リーグ戦。神戸大は3年生エースの藤原涼太(21)を中心に勝ち点を積み重ねた。10月3日の最終節、阪南大との1回戦は八、九回に3点ずつ奪って6―3で逆転勝ちし、藤原は完投勝利を収めた。翌4日の最終戦は0―3の六回途中から藤原が救援すると、打線は七回に1点を返し、九回は4本の長短打で3点を奪って4―3で逆転サヨナラ勝ち。チームは8勝2敗、勝ち点を4として全日程を終えた。翌5日、勝ち点で並んでいた和歌山大が敗れて9勝3敗となったために勝率で上回り、86年春以来9回目のリーグ制覇が決まった。5勝を挙げた藤原は最優秀投手に選ばれた。

 その藤原が一躍、時の人になったのは2018年5月のことだ。寝屋川高3年生だった藤原は春季大阪大会の準々決勝で、春のセンバツを制した大阪桐蔭戦に先発し、変化球を生かした巧みな投球で九回2死まで4―3と好投した。だが、勝利目前で失策で追いつかれ、最後はプロ野球・中日に1位で入団する根尾昂(21)にサヨナラ打を浴びた。大阪桐蔭がその夏の甲子園でも頂点に立ったことで、王者を追い詰めた府立の進学校の奮闘は、いっそう際立った。

 神戸大に進んだ藤原は1年秋から公式戦に出場している。球速は130キロ前後だが制球が良く、落ちる球との緩急で相手を手玉に取る。押しも押されもせぬエースに成長した藤原をどう生かすか。そこに、躍進のカギがあった。

伝統に固執せず

 創部118年と歴史の長い神戸大野球部は近年、強豪私立大などに押され、目立った成績は残せていない。選手主導の伝統があり、記者が在籍した1994~97年はコーチ不在のシーズンも多く、監督は春と秋のリーグ戦だけに参加していた。練習メニューだけでなく、ベンチ入りメンバーも部員たちで決めていたが、リーグ戦は3位がやっとで、優勝よりも「2部落ちしない」が現実的な目標だった。

 所属する近畿学生リーグは現在の名称となった94年以降、私立の奈良学園大、阪南大の「2強時代」が続き、優勝回数は奈良学園大が44回、阪南大が27回を数える。だが、その流れを国立の和歌山大と大阪市立大が変えた。和歌山大が17年春に初優勝し、全日本大学選手権で8強入りを果たすと、同年秋には大阪市立大も24年ぶりにリーグ制覇。両校はその後も1度ずつリーグ優勝を飾った。両校と異なり神戸大は特別な入試で有望な選手を集めることはできないが、同じ国公立で練習環境には大差はなく、選手たちは常に「優勝争い」を意識するようになった。

 14年に就任したOBの中井明則監督(51)は、自身の仕事の傍ら週5日、グラウンドに足を運ぶ。大学院生の学生コーチも2人おり、指導体制は以前より整ってきた。上級生ら幹部部員が練習など部全体の方針を決めるのは従来通りだが、近年はメンバー選考に指導者の意見が反映されるようになった。練習での緊張感も増し、中井監督は昨年、春季リーグ戦を前に「選手がそろい、優勝できる」と感じていた。ところが…

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