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資本主義批判のその先へ〜共同制作オペラ「夕鶴」

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つうを見事に歌い演じた小林沙羅。第2幕の決然とした振る舞いはこのプロダクションならでは 撮影:サラ・マクドナルド
つうを見事に歌い演じた小林沙羅。第2幕の決然とした振る舞いはこのプロダクションならでは 撮影:サラ・マクドナルド

 團伊玖磨の「夕鶴」(1952年初演)は、最も上演回数が多い日本語オペラである。民話「鶴の恩返し」に基づくシンプルなストーリーに加えて、登場人物の少なさ、休憩を挟んで2時間余りの上演時間など上演しやすい条件がそろっていることも、舞台にかかりやすい理由だろう。木下順二の同名の戯曲がそのままテクストに使用されたため、日本語が聞き取りやすいことも長所だ。人気オペラにつきもののヒットメロディーはないが、児童合唱として挿入される「かごめかごめ」などポピュラーな童謡が、その役割を部分的に担っている。

 原典の民話があまりにも浸透しているためか、これまでは台本に忠実なプロダクションが多かった。しばらく前に話題となった市川右近の演出と千住博の美術によるプロダクションも、雪の降り積もる古典的な世界観は変わらず。ジャポニスム的な「日本の美」を再生産していたかつての「蝶々夫人」のようなイメージが定着していたと言っていい。

 だが今回、演劇の分野で世界的に活躍する岡田利規が初めてオペラに挑んだ「全国共同制作オペラ」の「夕鶴」は、本作に内在する普遍性を暴き出し、「その先」の風景を見せてくれた優れたプロダクションだった(10月30日、東京芸術劇場)。

三戸大久(惣ど)、与儀巧(与ひょう)、寺田功治(運ず)ら、つうを利用し搾取しようとたくらむ男性陣 撮影:サラ・マクドナルド
三戸大久(惣ど)、与儀巧(与ひょう)、寺田功治(運ず)ら、つうを利用し搾取しようとたくらむ男性陣 撮影:サラ・マクドナルド

 幕が上がると、そこはしゃれた一軒家。与ひょうは屋上のテラスでくつろぎ、食卓には2人分のしゃれたカトラリー。その生活を可能にしているのは、つうが身体を削って織る布だ。「夕鶴」は女性を搾取している男性の物語でもあるが、本プロダクションではその様子が冒頭から露骨に示される。与ひょうはすでに惣どや運ずと同じ世界の住人なのだ。普通は白い着物のつうは、黒鳥を思わせる黒い衣装。彼女が人間の言葉が理解できない「鳥」の世界に移る様子は、首をゆっくり回す動作で示される。児童合唱は劇中で重要な役割を果たす(たとえばつうが「お金」の奴隷になる与ひょうを嘆くアリアでは、お金の象徴として彼女の横でシャボン玉を吹く)と同時に、舞台端に設けられた客席で観劇し、このプロダクションが劇中劇でもあることを示す。

 圧巻は第2部。第1部の最後でつうが機織りのためにこもった機屋は、キャバレーのような空間だった。ふつうならやつれ果てて現れるつうは、銀色の衣装をまとい、バニーガールを思わせるダンサー(岡本優、工藤響子)を従えて堂々と登場。弱々しく歌われるはずの別れの歌を決然と歌い、扉を蹴破って出ていく。空に帰る手段は、JALマークの飛行機だ。「夕鶴」は資本主義批判の物語でもあるが、「つうは資本主義を超えたところにいる」(岡田)の言葉の通り、拝金主義的価値観を一蹴するつうがそこにいた。

細かい演技で舞台に貢献した児童合唱 撮影:サラ・マクドナルド
細かい演技で舞台に貢献した児童合唱 撮影:サラ・マクドナルド

 本プロダクションの成功の大きな要因として、つう役の小林沙羅をあげたい。小林をつうに得たことが岡田をインスパイアしたのではないかと思わせられてしまうほど、小林のつうはこのプロダクションを自分のものにしていた。凛(りん)とした芯の強い歌、バレエや舞踊で鍛えた体の線の美しさを生かした動作、舞台上の存在感、全ての点で「小林沙羅のつう」だった。本作の本当の主人公は与ひょうだと言われるし、我々の写し絵だという意味ではそういう面もあるが、「夕鶴」はなんといってもプリマドンナ・オペラなのだ(有名作品であることも含めて)。その点で日本のオペラ史における「椿姫」や「蝶々夫人」のような作品だと思うが、今回改めてそれを痛感したのは小林の力である。

 男性陣も好演したが、第2の主役は、一人一人に細かい演技が求められた児童合唱だったかもしれない。

 指揮は、この「全国共同制作オペラ」に2013年から副指揮者として関わってきた辻博之。歌をよくサポートしつつ、ライトモティーフをはじめとするオーケストレーションの面白さ美しさを明瞭的確に伝えて、音楽面でのまとめ役を十全に果たしていた。オーケストラはザ・オペラ・バンド。

公演データ

【全国共同制作オペラ 東京芸術劇場シアターオペラvol.15 團伊玖磨 歌劇「夕鶴」(新演出)】

10月30日(土)14:00 東京芸術劇場コンサートホール

指揮:辻 博之

演出:岡田利規

つう:小林沙羅

与ひょう:与儀 巧

運ず:寺田功治

惣ど:三戸大久

ダンス:岡本 優(TABATHA)、工藤響子(TABATHA)

子供たち:世田谷ジュニア合唱団(指導:掛江みどり)

管弦楽:ザ・オペラ・バンド

團伊玖磨:歌劇「夕鶴」

全1幕(日本語上演 英語字幕付き)

筆者プロフィル

 加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」「バッハ」「オペラで楽しむヨーロッパ史」(平凡社新書)など。

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