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都市対抗野球2021

社会人野球日本一を決める第92回都市対抗野球大会(11月28日~12月9日)に関する特集サイトです。

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09年夏、伝説の甲子園決勝 日本文理エースはヤマハで選手支える

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2009年夏の甲子園決勝で、試合後に健闘をたたえ合う日本文理の伊藤直輝(左)と中京大中京の堂林翔太(現広島東洋カープ)=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で2009年8月、三浦博之撮影
2009年夏の甲子園決勝で、試合後に健闘をたたえ合う日本文理の伊藤直輝(左)と中京大中京の堂林翔太(現広島東洋カープ)=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で2009年8月、三浦博之撮影

 あの経験ができてよかった――。高校野球史に残る名勝負として語り継がれる2009年夏の甲子園決勝。日本文理(新潟県)のエースとして先発したのが、ヤマハ(浜松市)の伊藤直輝マネジャー(30)だ。19年6月にヤマハでの現役生活を終えてからは、裏方として選手たちを支える。第92回都市対抗野球大会に出場するチームは30日、日立製作所(茨城県日立市)との初戦を迎える。

6点を追う九回のドラマ

 日本文理は09年、新潟県勢として初めて夏の甲子園の決勝に進出した。相手は堂林翔太(現広島東洋カープ)らを擁する中京大中京(愛知県)。伊藤さんは準決勝までの4試合を一人で投げ抜いてきた。「疲労がたまり、万全とはほど遠い状態だった」と言う。強力打線につかまり、八回までに10点を失った。

 「勝負は決した」。誰もが思ったが、九回にドラマが待っていた。6点を追う日本文理は2死走者なしから打線がつながり、2点を返す。なおも2死満塁という場面で伊藤さんに打席が回ってきた。球場全体が日本文理を後押しする異様な空気に包まれ、「伊藤コール」も湧き上がった。しかし、「普段の打席の感覚と変わらず、集中できていた。(声援は)耳に入っていたが、あまり気にならなかった」

 3球目を捉え、左前へ運ぶ。2点差に詰め寄る2点適時打となった。さらに1点を追加したが、一歩及ばず、準優勝。「やりきった。悔いはない」。決勝で敗れた悔しさよりも、激闘を演じた充実感が残った。

日本選手権で初優勝に貢献

 東北福祉大(仙台市)に進学し、…

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