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都市対抗野球2021

社会人野球日本一を決める第92回都市対抗野球大会(11月28日~12月9日)に関する特集サイトです。

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都市対抗野球・七つのトリビア

カープ誕生前にあった幻の「コイ」 都市対抗での輝きと皮肉な結末

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1946年8月4日付の毎日新聞朝刊。前日に行われた第17回都市対抗野球大会の開会式の記事で、広島市の鯉城園(広島軍)が「原子爆弾の廃虚の中から起(た)ち上がった」と記している=画像の一部を加工しています
1946年8月4日付の毎日新聞朝刊。前日に行われた第17回都市対抗野球大会の開会式の記事で、広島市の鯉城園(広島軍)が「原子爆弾の廃虚の中から起(た)ち上がった」と記している=画像の一部を加工しています

 今や押しも押されもせぬ人気球団となった「広島東洋カープ」。カープとは魚のコイの英訳だが、それよりも先にコイの名を冠してプロ球団化を目指した野球チームが広島にあったことをご存じだろうか。その夢が幻と消えてしまう引き金になったのは、都市対抗野球大会だった――。

 都市対抗の第92回大会(毎日新聞社、日本野球連盟主催)が東京ドームで開かれているが、トリビアシリーズの2回目は75年前の第17回大会にさかのぼろう。(第2回/全7回)【土江洋範】

焦土の街から

 中等学校(現在の高校)や東京六大学で活躍したスターのプレーをもう一度見たい――。そんな野球ファンの希望に応えるため、1927年に都市対抗は始まった。プロ野球のリーグ戦が発足する9年前のことだった。各都市の代表が競い合うという開催形式は、地域に根付いたチーム運営がなされているアメリカのメジャーリーグがヒントになったという。

 46年8月3日、東京・後楽園球場は、薄雲が覆う絶好の「野球日和」に恵まれた。戦争の影響で中断していた都市対抗が4年ぶりに復活した第17回大会。まだ戦争の傷は癒えておらず、選手たちは食糧難から米を携えて上京した。

 開会式には16都市の代表チームが集った。穀物を入れる麻袋や作業服を改造したユニホームが多い中、マークとストッキングが赤と紫という鮮やかなユニホームに身を包んだ一団に、ひときわ大きな拍手と声援が送られた。広島市の「鯉城園(りじょうえん)」。原子爆弾の投下後、バラック住宅の建設が進む復興途上の焦土から立ち上がったチームだった。

2時間36分の…

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【都市対抗野球2021】

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