特集

都市対抗野球2021

社会人野球日本一を決める第92回都市対抗野球大会(11月28日~12月9日)に関する特集サイトです。

特集一覧

もっと社会人野球2021都市対抗

/26 日本通運「奇跡のバックホーム」が教えてくれた野球の極意

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
「松坂世代」の一人である日本通運の沢村幸明監督。現役時代は社会人を代表する名遊撃手として、チーム内外からリスペクトされていた=さいたま市浦和区で2020年4月1日、谷口拓未撮影
「松坂世代」の一人である日本通運の沢村幸明監督。現役時代は社会人を代表する名遊撃手として、チーム内外からリスペクトされていた=さいたま市浦和区で2020年4月1日、谷口拓未撮影

 11月28日開幕の第92回都市対抗野球大会。出場全32チームの魅力を担当記者が伝えます。32回連載の26回目はさいたま市・日本通運。強豪チームの「一球への執念」と、あの名シーンが教えてくれた野球の極意をひもときます。<次回は29日午前11時公開予定>

松坂世代、1球の後悔

 就任2年目の沢村幸明監督(41)は、高校野球史に残る「奇跡のバックホーム」の登場人物だ。

 第78回全国高校野球大会(1996年)決勝、熊本工―松山商戦。3―3の十回裏1死満塁、熊本工の3番打者が放った打球は右翼後方へのフライとなった。誰もがサヨナラ右犠飛と思った瞬間、右翼手の本塁返球は山なりのノーバウンドで捕手のミットに届いた。本塁タッチアウトで併殺となり、松山商は十一回に勝ち越して5回目の優勝を飾った。

 この時、敗戦濃厚だった九回2死から同点アーチをかけたのが当時、熊本工の1年生外野手だった沢村監督。そして、十一回の守備では先頭打者のライナー性の打球を後逸した(記録は二塁打)。奇跡のバックホームから気持ちを切り替えられないまま守備に就き、敗戦の端緒になってしまったのだ。

 「勝ってても負けてても、あきらめない心を持ち続けること。勝ちきる強さの大切さを教えてくれた」。沢村監督は当時をそう振り返る。

「時が止まった」

 日本通運も昨年、一球に泣いた。

この記事は有料記事です。

残り1583文字(全文2147文字)

【都市対抗野球2021】

時系列で見る

関連記事

あわせて読みたい

ニュース特集