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日米開戦80年が問うもの 組織の病理、今の時代にも=玉木研二(客員編集委員)

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ハワイの真珠湾で日本機の攻撃を受け黒煙をあげる米戦艦アリゾナ=1941年12月7日(現地時間)
ハワイの真珠湾で日本機の攻撃を受け黒煙をあげる米戦艦アリゾナ=1941年12月7日(現地時間)

 東京・荻窪の近衛文麿旧宅「荻外荘(てきがいそう)」は今、初冬の屋敷林の中に静まっている。日中戦争前から対米開戦の間に3度政権を担った近衛は、しばしばここを会談の場にした。政治史上重要な「現場」として国の史跡に指定された。

 中国からの撤兵を強く要求して日本向け石油輸出を止めた米国と、備蓄の石油では軍も民間産業も2年足らずで枯渇する日本。1941年10月12日、日曜日の午後、首相の近衛、陸軍大臣・東条英機のほか海軍大臣、外務大臣、企画院総裁が集まった。

 近衛は、太平洋の戦いを担う海軍が圧倒的な国力差から「戦争はできない」と明言することを期待したが、海相は「首相一任」と煮え切らず、主戦論の東条は撤兵に頑として反対した。多くの犠牲を払った中国から戦果なく引けないという。話は決裂した。

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