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都市対抗野球2021

社会人野球日本一を決める第92回都市対抗野球大会(11月28日~12月9日)に関する特集サイトです。

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都市対抗野球・七つのトリビア

球界の国際復帰に「バターン・ボーイズ」あり 元帥支えた側近たち

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第21回都市対抗野球大会の開会式であいさつするマーカット少将=東京・後楽園球場で1950年8月撮影
第21回都市対抗野球大会の開会式であいさつするマーカット少将=東京・後楽園球場で1950年8月撮影

 今夏の東京オリンピックで金メダル獲得、2006年と09年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で連覇達成――。日本の野球チームが国際大会で活躍する姿は、今や当たり前の光景となっている。

 社会人野球の第92回「都市対抗野球大会」(毎日新聞社、日本野球連盟主催)が東京ドームで熱戦を繰り広げているが、さかのぼること70年余。敗戦国となった日本の野球界は、都市対抗を一つのきっかけとして国際復帰へと歩み出した。その立役者は「バターン・ボーイズ」というグループの一員だったが、いったい何者なのだろうか?(第5回/全7回)【土江洋範】

野球好き少将の予想外のスピーチ

 1948年8月1日の炎天下、都市対抗は第19回大会を迎えた。東京・後楽園球場には最寄り駅からファンの行列が続き、開会式が始まるころには観客の夏服でスタンドが白一色に染まった。開幕戦のプレーボールが近づくと、軍服に身を包んだ1人の米国人がグラウンドに現れる。「まずマッカーサー元帥の祝辞をお伝えする」と話し始め、高らかに宣言した。

 「米国野球協会は将来、国際大会に日本を参加させることにした。この大会の優勝チームを日本のアマチュア野球代表として正式に承認する」

 思いもよらないスピーチで球場に拍手と歓声をわかせたこの人物は、ウィリアム・マーカット少将。財閥解体などを進めていた連合国軍総司令部(GHQ)の経済科学局長だ。一方で、米国野球協会日本支部長を務める「大の野球好き」という顔も持つ。スピーチ後の始球式では、50代半ばながら大きく振りかぶる躍動的な投球フォームを披露した。

元帥との決死の脱出劇

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【都市対抗野球2021】

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