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あの日、真珠湾で

日本が戦争を拡大させる大きな節目となった1941年12月8日の真珠湾攻撃から今年で80年。関連の連載などを紹介します。

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あの日、真珠湾で

「軍神の家族」と呼ばれて 終戦10年後に母が漏らした言葉

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真珠湾での特殊潜航艇による攻撃に参加し戦死した9人の兵士を、「軍神」とたたえる1942年3月7日付の東京日日新聞(現毎日新聞)朝刊。捕虜となった酒巻和男さんについては触れられていない
真珠湾での特殊潜航艇による攻撃に参加し戦死した9人の兵士を、「軍神」とたたえる1942年3月7日付の東京日日新聞(現毎日新聞)朝刊。捕虜となった酒巻和男さんについては触れられていない

 太平洋戦争の発端となった真珠湾攻撃から80年に合わせ、関係者を訪ねた連載「あの日、真珠湾で」の2回目は、戦死して「軍神」と称された兵士の遺族の証言。「戦争の記憶」が遠くなりつつあることもうかがえる。【秋丸生帆/社会部】

 真珠湾攻撃の際、「甲標的」と呼ばれた2人乗りの特殊潜航艇に乗り込んで戦死した9人の「功績」は1942年3月に発表された。当時の東京日日新聞(現毎日新聞)は「不滅の偉勲」と見出しを付け、「軍神」とたたえた。

 「村を挙げて大変な葬儀を開いてもらったようです」。9人の1人で、三重県川合村(現在の津市)の農家の長男として生まれ育った稲垣清さんのおいの清一(きよかず)さん(72)が、新聞記事が出た42年に営まれた葬儀の様子を収めた写真を手に話した。写真には…

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