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都市対抗野球2021

社会人野球日本一を決める第92回都市対抗野球大会(11月28日~12月9日)に関する特集サイトです。

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都市対抗野球・七つのトリビア

黒獅子旗どこに? 復活劇に決死の「腹巻き」

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都市対抗野球大会の優勝チームに授与された初代の黒獅子旗=東京都文京区の野球体育博物館(現野球殿堂博物館)で2009年7月7日、中村琢磨撮影
都市対抗野球大会の優勝チームに授与された初代の黒獅子旗=東京都文京区の野球体育博物館(現野球殿堂博物館)で2009年7月7日、中村琢磨撮影

 黄金の布地の中で、獲物に飛びかかる一頭の黒い獅子。強さや勇壮さが表現された「黒獅子(くろじし)旗」は、都市対抗野球大会(毎日新聞社、日本野球連盟主催)の優勝チームに代々受け継がれてきた。古代都市バビロンのレリーフがヒントになったというデザインは、1927年の第1回大会から変わらない大会のシンボルである。

 東京ドームで第92回大会の熱戦が繰り広げられているが、長い歴史の中で、黒獅子旗は一度だけ行方不明になったことがある。そして誰もが諦めかけていた時に、決死の思いが込められた「腹巻き」となって帰ってきた。そんな復活劇を紹介して、トリビアシリーズを締めくくりたい。(第7回/全7回)【土江洋範】

賞状のみのチャンピオン

 46年8月、戦争の影響で中断していた都市対抗が4年ぶりに東京・後楽園球場で再開した。第17回大会には16チームが出場し、岐阜市の「大日本土木」が頂点に立った。しかし、黒獅子旗が行方不明になっていたため、チームの主将に手渡されたのは賞状だけだった。戦争の傷がまだ癒えていない時代で、食糧難から選手たちは米を携えて上京していた。物資も欠乏し、新しく旗を作る余裕がなかったのだ。

 旗はどこにいったのか、大会関係者の間でおおよその見当はついていた。朝鮮半島にあるはずだ――。戦前の都市対抗は、朝鮮、旧満州(現中国東北部)、台湾のチームも参加していた。そして、戦争による中断前最後となった42年の大会では京城市(現ソウル)が優勝し、黒獅子旗を持ち帰っていたのだ…

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【都市対抗野球2021】

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