談志さん、死の1年前“手打ち” 敬愛する桂米朝さんと「溝」15年

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思い出話に花を咲かせる桂米朝さん(中央)と立川談志さん(右)。左端は桂米団治さん=兵庫県尼崎市の米朝さん宅で2010年11月22日夜
思い出話に花を咲かせる桂米朝さん(中央)と立川談志さん(右)。左端は桂米団治さん=兵庫県尼崎市の米朝さん宅で2010年11月22日夜

 落語界で強烈な異彩を放った落語家、立川談志さんが亡くなってから10年がたった。談志さんが75歳で亡くなる1年前の2010年11月、大阪市の寄席「天満天神繁昌亭」の落語会にサプライズで登場した後、上方落語の第一人者の人間国宝で、長年可愛がってくれた桂米朝さん(15年に89歳で死去)を訪ね、15年間にわたり疎遠だったことを謝罪する“手打ち”をしていた。戦後の東西落語界を代表する談志さんと米朝さん。その晩、落語会の打ち上げで酒も酌み交わし、最後の対面になった。【油井雅和】

 米朝さんの長男、桂米団治さんが、2人の和解について、毎日新聞の取材に明らかにした。米団治さんは「おやじと談志師匠との間には長い間、確執がありました。最後に仲直りができて良かったと思います」と話した。米団治さんは、米朝さん宅での和解や、2人の間の溝を心配していた桂文枝さんらも加わった打ち上げにも同席していた。

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