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阪神大震災

1995年1月17日に発生した阪神大震災。戦後初の大都市直下型地震が残した教訓・課題は今――。

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母、姉よ やっと「家」できたね 慰霊の銘板6人追加 遺族ら故人しのぶ /兵庫

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震災で犠牲になった母と姉の写真とともに銘板を眺める増田潤さん=神戸市中央区で(代表撮影)
震災で犠牲になった母と姉の写真とともに銘板を眺める増田潤さん=神戸市中央区で(代表撮影)

 1995年1月17日の阪神大震災から間もなく27年。震災犠牲者らの名前を刻んだ「慰霊と復興のモニュメント」(神戸市中央区)で6人の銘板を追加する式典があった11日、集まった遺族らは故人をしのび、悲しみを新たにした。【山本真也、宮本翔平】

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 芦屋市の増田潤さん(71)は母と姉の銘板に向かって「よかったなあ」と声をかけ泣き崩れた。「立派なお家ができて、2人も喜んでいる。お墓や仏壇はあるが、今までそこにいる気がしなかった」と話した。同市業平町の木造2階建ての実家が震災で全壊。自身は当時、三木市で暮らしていて無事だったが、母悦子さん(当時71歳)と姉美紗子さん(同47歳)が犠牲になった。

 悦子さんは、実家近くに建てた学生用下宿で大学生5人の食事を作り、世話をした。震災で父優さん(2004年に84歳で死去)も生き埋めになったが、学生たちが力を合わせて救出した。増田さんは「親代わりだった母への恩返しをしてくれた」と思っている。美紗子さんは中学受験塾の講師で、全壊した実家には「先生、合格したよ。ありがとう」とのメモ書きが貼り付けてあったという。

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