ソ連崩壊30年

現場の記憶/1 1991年8月19日 クーデター未遂 共産党破滅へ引き金

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ロシア政治緊急座談会で発言する石郷岡建氏=本社内で2007年12月12日、平田明浩撮影
ロシア政治緊急座談会で発言する石郷岡建氏=本社内で2007年12月12日、平田明浩撮影

 1991年12月にソビエト連邦が崩壊して30年になる。その節目に、歴代の毎日新聞モスクワ特派員がその前後に起きた出来事を紹介する。

 30年前の91年8月19日朝、私は、ニュースを見るためにテレビをつけた。画面に映ったのは、ニュースではなく、チャイコフスキーのバレエ「白鳥の湖」を踊るバレリーナの姿だった。私は、すぐさま「何かが起きた!」と理解した。ソ連時代、何か「悲劇的な大事件」が起きると、「白鳥の湖」の音楽が流れるのが恒例だった。

 支局に駆けつけると、「非常事態宣言」が布告され、ヤナーエフ副大統領がゴルバチョフ大統領に代わって、執務を行うと説明されていた。集会、デモ、ストは禁止で、従わない者は断固制圧されるなどの決定が次々と発表された。明らかに、ソ連国家上層部で権力交代が起きたという状況だった。

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