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志賀高原に進駐軍のスキーリフト 住民締め出され、敗戦の悲哀

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進駐軍が建設させたスキー場とリフト(右側)=志賀高原スキー史から
進駐軍が建設させたスキー場とリフト(右側)=志賀高原スキー史から

 太平洋戦争に勝ち、日本に進駐した米軍は1946年10月、隊員の保養のため接収した長野県の志賀高原にスキー場と、まだ日本になかったリフトの建設を日本側に要求した。同時期に札幌市に造らせたものと共に国内初の設置と言われる。だが、場内への日本人の立ち入りは禁止。地域住民は米兵が楽々と上り、楽しげに滑り降りる姿を見ているしかなく、敗戦国の立場を思い知らされた。

 建設の指示を受けた地元は、10月27日から場所を探し、高原中心地の丸池そばに約300メートルのリフトを架けることを決めた。米軍は11月6日、年内の完成を厳命したが、リフトを見たことがない人ばかり。鉱山の貨物用ロープウエーの工事経験が豊富な鹿島組(現鹿島建設)の軽井沢出張所長が指揮することになった。

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