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「新鮮な地元野菜がそろっています!」。威勢のいい声が響くのは、なんとJR尼崎駅の構内。「尼崎駅の八百屋さん」と名付けられた期間限定の特設マルシェが、改札を出てすぐのところで開かれている。並んでいるのは、JA兵庫六甲や近隣農家から仕入れた白菜や白ネギ、イチゴ。いずれも神戸市や兵庫県尼崎市など地元で採れた新鮮野菜ばかりだ。
マルシェを運営するのは、JR西日本の特例子会社「JR西日本あいウィル」(尼崎市)の障がい者スタッフたち。特例子会社とは、障がい者雇用を促進するために設立された企業だ。現在、社員数251人のうち、身体・聴覚・視覚・知的・精神発達などの障がいのあるスタッフが183人在籍。2007年に発足し、主にJR西日本で配布する資料やチラシなどの印刷、オフィスビルや運転士の休憩所の清掃などを担当してきた。
「新型コロナによる急速なデジタル化の影響で、全体の売り上げが減ってしまったんです。そこでチャレンジしようと動き出したのが駅ナカの八百屋でした」。そう話すのは、同社みらい創造プロジェクトチームの梶原隼平(じゅんぺい)さん(40)。「でも、実現には立ちふさがる壁がたくさんありました」
梶原さんは、社内のいろいろな部署との調整に奔走した。駅ナカのスーパーに迷惑がかかるのでは? 乗降客が重たい野菜を買うのか? 野菜の安全性は? そんな疑問が飛び出すたびに、梶原さんはさらに多くの声に耳を傾けた。
「丹精こめて野菜を育てても、販路がないと破棄するしかない」と語る地元農家。「安心安全で新鮮な野菜をなかなか食べられない」と話す消費者。そして、「お客様に新鮮な野菜を届けたい」と意気込む障がい者のスタッフ。「駅ナカの八百屋は地産地消、農家応援、障がい者雇用など社会の課題解決の一助になるはず」。想像が確信に変わっていくのを感じた。
中学校から大学までラグビーに青春をささげたスポーツ青年だった梶原さん。JR西日本のラグビーチームで入社後も選手として活躍したものの、30歳にけがで引退。仕事では子どもの頃から憧れていた運転士として働いてきたが、「新しいチャレンジをしよう」と社内の公募制度に手を挙げ、JR西日本あいウィルに出向した。
新しい職場で、人生で初めて障がいのあるスタッフたちと働いた。彼らの能力の高さに触れるたび、いつしかラグビーから離れた喪失感よりも新しい仕事を生み出す達成感が勝っていった。障がいのある人たちと社会を笑顔に変える仕事を作っていこう。それから10年がたち、事業の種類や社員の数は増え、売り上げ規模も大きくなった。
12月14~25日には大阪・JR天王寺駅構内で同様のマルシェを開くなど、取り組みは広がっている。「来年には、駅ナカに常設の八百屋をつくることを目標にしているんです」と梶原さん。地元住民、農家、障がい者らさまざまな人をつなぐ、まさに笑顔のプラットホームへと進化している。<次回は2月4日掲載予定>
■人物略歴
中川悠(なかがわ・はるか)さん
1978年、兵庫県伊丹市生まれ。NPO法人チュラキューブ代表理事。情報誌編集の経験を生かし「編集」の発想で社会課題の解決策を探る「イシューキュレーター」と名乗る。福祉から、農業、漁業、伝統産業の支援など活動の幅を広げている。