「開戦詔書」そのまま受け止め?80年後の自民「保守」派の歴史観

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東京・三宅坂の陸軍省記者クラブで、「帝国陸海軍は本8日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」の大本営陸海軍部発表文を読み上げる大本営陸軍報道部長の大平秀雄大佐=陸軍省で1941年12月8日撮影 
東京・三宅坂の陸軍省記者クラブで、「帝国陸海軍は本8日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」の大本営陸海軍部発表文を読み上げる大本営陸軍報道部長の大平秀雄大佐=陸軍省で1941年12月8日撮影 

 俗に「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」などという。ならば国のかじ取りを担う政治家は歴史をどう見るか。気になる話がある。宰相候補、自民党の高市早苗政調会長である。あの戦争への認識を問われ、80年前の昭和天皇の「開戦詔書」を持ち出したのだ。【吉井理記/デジタル報道センター】

当時の「国家の意思」の問題?

 軽い驚きであった。

 少し前の話である。月刊誌「Hanada」10月号。自民党総裁選に名乗りを上げた高市氏のインタビューである。

 自衛か侵略か、戦争をどう捉えるかは「当時の『国家意志』の問題です」と持論を述べた高市氏、「先の大戦への認識」を問われてこう答えた。

 「当時の日本国民は、天皇陛下の詔書によって国家意志を理解したものだと思われます。先の大戦開戦時の昭和天皇の開戦の詔書は<米英両国は、帝国の平和的通商にあらゆる妨害を与え(中略)帝国は今や自存自衛のため、決然起って、一切の障害を破砕するのほかなきなり>というものでした」

 開戦詔書をその答えに代えたわけである。太平洋戦争(対米英開戦)は「当時の国家意志」、つまり開戦詔書でいう自衛戦争だ、ということだ。

 記者は「自衛戦争論」の是非をここで問うのではない。80年前の開戦詔書を現在もそのまま受け入れる姿勢に、まず驚いたのだ。

 「同感です。『当時の国家意志』というもので歴史を捉える人は、自由民主主義国の指導者にはまずいないと思いますが……」と首をひねるのは関東学院大教授の林博史さん。戦争責任研究の第一人者である。

 林さんに話を聞く前に、高市さんの歴史観のベースを確認しておこう。端的に記した一文があった。

 <私は常に『歴史的事象が起きた時点で、政府が何を大義とし、国民がどう理解していたか』で判断することとしており、現代の常識や法律で過去を裁かないようにしている>(2002年8月27日付ブログ)

 その高市さんの応援団でもある安倍晋三元首相も「当時を生きた国民の目で歴史を見直す」(13年の著書「新しい国へ」)という歴史観を披露している。「保守」と呼ばれる人たちにはおなじみの考えである。

 これをどう見るか。林さんに問うた。

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