温かなほのかさんの日常 医療的ケア児の成長描く映画「帆花」

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帆花さんに語りかける父親の秀勝さん=映画「帆花」より©JyaJya Films+roa film 拡大
帆花さんに語りかける父親の秀勝さん=映画「帆花」より©JyaJya Films+roa film

 生後すぐに「脳死に近い状態」と言われた重い障害がある西村帆花(ほのか)さん(14)が、医療的ケアを受けながら両親に育まれて成長する過程を描いた映画「帆花」が1月2日、東京都中野区のポレポレ東中野を皮切りに全国で順次公開される。たんの吸引など24時間のケアが必要な帆花さんだが、そこにあるのは、温かな家族の日常と透明感のある命の輝きだ。【上東麻子/デジタル報道センター】

「生きる意志を感じた」

 映画の主人公、帆花さんが住むさいたま市の団地を訪れると、母の理佐さん(45)が笑顔で出迎えてくれた。洗面所で念入りに手を洗い消毒を済ませると、リビングに案内された。帆花さんがいるベッドの周りには、たくさんのぬいぐるみが置かれ、視線の先にはクリスマスのイルミネーションが飾り付けられている。人工呼吸器のシューッという音や心拍などを測定するモニターの電子音が「ピッ、ピッ、ピッ……」と控えめに鳴り続けている。

 帆花さんは長い髪を三つ編みにし、シックな黒のシャツとスカートを着てベッドから天井を眺めていた。「ほのさん、お客さんだよ」。理佐さんに促されてあいさつをし、手をそっと握ると、ふんわりとした手のひらが温かい。リビングには帆花さんを見守る位置にソファが置かれ、座位を保持する椅子に座った帆花さんの両脇で理佐さん、父の秀勝さん(45)がほほ笑む家族写真が飾られている。

 帆花さんが生まれたのは2007年10月。出生直前にへその緒が切れ、酸素が送られなくなったため仮死状態で生まれた。10分間の心肺停止後に蘇生したが重い障害を負った。

 生後2週間で主治医から「脳波は平たんで、目も見えない、耳も聞こえない、今後動くことも、目覚めることもありません」と宣告された。

「帆花の存在、私たち家族の暮らしが伝えるものを、そのまま受け取ってもらえれば」と話す西村理佐さん(右)と帆花さん=さいたま市の西村さん宅で2021年12月8日、上東麻子撮影 拡大
「帆花の存在、私たち家族の暮らしが伝えるものを、そのまま受け取ってもらえれば」と話す西村理佐さん(右)と帆花さん=さいたま市の西村さん宅で2021年12月8日、上東麻子撮影

 帆花さんは新生児集中治療室(NICU)に入り、会えるのは短い面会時間だけ。「なぜ元気に産んであげられなかったのか……」。理佐さんは自分を責め続け、うつ状態になった。しかし、そんな苦しみを救ってくれたのは、帆花さんだった。

 保育器の中で人工呼吸器や点滴のチューブにつながれながらも、小さな体で精いっぱい生きようとする帆花さん。ベッドに近づくと不思議と明るい空気を感じたという。理佐さんが話しかけると微妙に表情を変える。抱っこすると「柔らかであったかくて……。壊れそうなもろさの一方で、力強い生きる意志を感じた」。理佐さんは自分を責めるのをやめ、帆花さんの生きる力に応えたいと考えるようになった。

 6カ月でNICUを出て小児病棟へ。家族そろって自宅で暮らしたいと願い、生後9カ月で退院した。帆花さんのケアは約30分ごとのたんの吸引、入浴、経鼻での栄養補給、30~40分ごとの体位転換、リハビリ、排せつなど多岐にわたる。訪問ヘルパーなどの福祉サービスを利用しながら秀勝さんと交代で世話を続ける。睡眠時間は夫婦とも毎日3~4時間ほど。理佐さんは数週間外出できないこともあり、慢性的な疲労や睡眠不足で、体調を崩してもすぐに病院に行くことができないという。

 それでも家族は喜びに満たされている。その喜びとは「部屋にいつでも帆花がいて、帆花の声が聞こえて、手を伸ばせばすぐに触れることができること。帆花の命の輝きを、目いっぱい感じることができることです」と理佐さんは話す。

「どんな命も平等」

 在宅での生活が半年たった09年3月、理佐さんは育児記録を記したブログを始めた。タイトルは「ほのさんのバラ色在宅生活」だ。帆花さんの日々の成長のほか、福祉サービスを受けるまでの手続きの大変さ、家族そろってのお出かけなどがユーモアあふれる軽妙なタッチでつづられている。

 当時、15歳未満の子どもの臓器移植を認める臓器移植法改正が議論されていた。09年7月に成立した改正臓器移植法は、臓器移植の促進を目的にドナー(臓器提供者)の対象を拡大。本人の意思が不明な場合も、家族の承諾があれば臓器提供ができるようにする内容で、15歳未満の子どもの臓器移植も認められるようにする内容だった。重い病気を抱えていても子どもの臓器移植が国内で認められていないため、海外に渡航するケースが話題になっていた。

 ブログに「『長期脳死』の子どもをもつ母として思うこと」として、何度も法案についての思いを記した。日本では臓器提供を前提として脳死かどうかの判定を行うため、帆花さんは「脳死」と正式に診断されたことはない。だが、医学的には脳全体の機能が失われ「脳死」に近い状態とみなされることもある。理佐さんは、法案が通れば、「『臓器を提供すれば助かる人がいるのに』と言われても反論できない。帆花の命が何か『差し出されるべきいのち』のように感じた」という。一方、「臓器移植をしてなんとか我が子を助けたい」と思う親の気持ちも痛いほど分かる。

 <どんないのちも平等に尊ばれるべきである。「助かるいのち」も「助からないいのち」も、「治るいのち」も「治らないいのち」も同じいのちである>

 拙速に議論が進まないようにと、理佐さんはブログを書き続けた。<呼吸器をつけて無理に生きさせている><親のエゴではないか>。そんな心ないコメントも寄せられたという。

卒業制作のつもりが…10年かけ映画完成

 映画化のきっかけは、ブログをまとめた書籍「ほのさんのいのちを知って―長期脳死の愛娘とのバラ色在宅生活」(エンターブレイン)を映画学校の学生だった國友勇吾監督(38)が読んだことだ。卒業制作の題材にしたいと西村さん夫婦に取材を申し込んだ。11年4月に撮影を始め、西村家に泊まり込み24時間のケアや家族の暮らしをカメラに収めた。撮影は結局、3年間に及んだ。編集にはさらに7年かかった。「家族のありのまま」を見せることに試行錯誤したからだ。完成した映画はナレーションなしで、家族の日常がそのまま映し出されている。

 國友監督は幼い頃、母親が勤める養護学校に遊びに行き、子どもたちが抱える重い障害を目の当たりにして、自分との違いに驚いた。子どもたちに笑顔で接する母を見て、「命」や「障害」について考えるようになった。西村家の暮らしを見つめ続けるうちに、「帆花ちゃんはケアを受けるだけの存在ではなく、周囲に喜びや希望を与えている存在。命とは、今、この時間に確かにここにいること。そのことが尊い。温かな西村家の生活の肌触りを感じてほしい」と話す。

医療的ケア児2万人、支援法は施行されたが…

映画「帆花」の一場面=©JyaJya Films+roa film 拡大
映画「帆花」の一場面=©JyaJya Films+roa film

 たんの吸引や人工呼吸器など日常的に医療的ケアが必要な子ども(医療的ケア児)は、厚生労働省の推計で約2万人。今年9月に親の負担を減らすため、医療的ケア児が通う学校に看護師を置くことなどを自治体に求める医療的ケア児支援法が施行された。

 一方で、帆花さんのような重い障害児を取り巻く状況はまだまだ厳しい。医療依存度が高い子どものケアを引き受けられるヘルパー派遣事業所や訪問看護ステーションが不足しているためだ。重い障害のある人にヘルパーを派遣する「重度訪問介護」は18歳未満の子どもには適用されないうえ、帆花さんのようにひっきりなしにケアが必要な子どもには実質使えないなど制度の壁もある。日本の福祉制度は親が子どもの介護を担うことを前提に設計されており、子どもの介護に疲れ果て、追い込まれてしまう家族も少なくない。

 「法律を一朝一夕に変えることができないのはわかります。それならば、法律の解釈を柔軟にして、必要なことを必要なものとして認めていけるような対応をとってもらえないのでしょうか」。理佐さんは訴える。

やまゆり園事件で抱いた違和感

 理佐さんは6年間続けてきたブログの更新を15年に停止した。中傷に傷ついたことも理由の一つだ。今回の映画公開も正直怖いという。それでも公開を承諾したのは、5年前に相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた障害者殺傷事件が、心に重くのしかかっているからだ。犯行にも衝撃を受けた。だが、それ以上に「1人のおかしな人間が犯した事件として、まるで自分と関係がないと多くの人が思っていること」がショックだったという。

 「そもそも重い障害のある人たちがなぜ人里離れた施設で暮らしているのでしょうか? どんなに重い障害があっても家族と暮らしたり、本人が望むことができたりする社会になってほしい。もし重い障害者には意思がなく、施設にいるのが当たり前だと考えられているのなら、そこには無意識の優生思想があるのではないでしょうか?」。理佐さんは問いかける。

 「帆花は言葉を発することはありませんが、彼女の存在が伝えるものを通じて、『生きる』ということについて、考えてほしい」

 映画は22年1月2日から東京・ポレポレ東中野を皮切りに、仙台、名古屋、長野、京都、大阪、横浜などで順次公開される予定(詳しくは公式サイトhttp://honoka-film.com/)。

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