連載

オシント新時代~荒れる情報の海

重要性が増す公開情報に基づく「オシント」。現状と行方を考えます。

連載一覧

オシント新時代~荒れる情報の海

中西輝政氏「気持ちいい情報は危うい」 感情の世紀、どう生きる

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
撃墜され、炎上したマレーシア航空機の残骸。白い布切れをつけた木の棒が犠牲者の居場所を知らせていた=ウクライナ東部ドネツク州グラボボ村で2014年7月19日午前、真野森作撮影 拡大
撃墜され、炎上したマレーシア航空機の残骸。白い布切れをつけた木の棒が犠牲者の居場所を知らせていた=ウクライナ東部ドネツク州グラボボ村で2014年7月19日午前、真野森作撮影

 デジタル時代を生きる私たちは今、氾濫する情報の荒海に暮らしている。無事に航行するために身につけたいのが、きちんと情報を取捨選択できるインテリジェンスの力だ。中でも私たちに身近なのが、誰もがアクセスできる公開情報に基づいた「オシント」(Open Source Intelligenceの略)だろう。毎日新聞は近く、その現状と行方を考える連載を掲載する。その水先案内人として、まずは国内外のインテリジェンスに詳しい中西輝政・京都大名誉教授(74)に話を聞いた。【聞き手・石川将来】

「公開情報」の重要性格段に上がった

 ――インテリジェンス(知能、知性、機密情報、情報活動)とインフォメーション(情報、知識)。どちらも「情報」の意味を含む言葉ですが、どこに違いがあるのでしょうか。

 ◆インテリジェンスとは目的に役立てるために分析された情報です。例えば企業が経営方針を決定する、国が政策を考える、あるいは社会の進歩を考える時に何が求められるのか。こうした行動に結びつく端緒を与える情報がインテリジェンスです。これに対し、インフォメーションとは整理前の情報です。誰にとっても同じような意味がある。この点がインテリジェンスとの大きな違いです。これまでは伝統的にインテリジェンスを必要とする主体は政府や企業でした。今日の社会ではインターネットやSNS(ネット交流サービス)の影響で、あらゆる集団や人が情報の受け手になり、それを加工する主体になっています。

 ――20世紀の情報史を研究してきた立場から、現代のインテリジェンスをめぐる変化はどのように見えますか。

 ◆21世紀にすさまじい速さで普及したインターネットは、人類社会の基本的な文明構造を変えました。20世紀とは比べものになりません。情報を巡り、人類はまったく別の時代を生きています。

 とりわけ重要なのは、20世紀と比べて「秘密情報」よりも「公開情報」の重要性が格段に上がったことです。インターネットとSNSがもたらす影響の大きさ、そしてリスクの深刻さは、国家や社会、そして個人レベルに至るまでケタ違いです。国家の情報機関もインテリジェンスの手法が様変わりし、ヒューミント(人を介した諜報<ちょうほう>活動)で文書を盗むような古典的な手法は影を潜めました。今はどの国もITにたけた人材の育成に注力しています。

 2010年代は、デジタル・インテリジェンスの脅威が顕在化しました。偽情報が政治をねじ曲げ、民主主義社会の大前提が崩され、国際秩序の「カオス化」を招きました。また、人権を平気で無視する情報の収集・拡散が行われました。

 一方でポジティブな側面にも目を向けたいと思います。普遍的な価値観にのっとった「情報の民主化」です。ベリングキャット(※1)などに象徴される非政府組織や個人の果たす領域が飛躍的に増えました。公開情報を分析して、情報が統制されている国の権威主義体制を検証できる民間の力も育ちつつあります。個人が情報発信の主体になり、無限に関わり合いを持つ。その総和が「神の見えざる手」のような形で社会を良い方向に動かす可能性もあるでしょう。(※1)ベリングキャット…インターネット上の公開情報を分析し、紛争や航空機事故、ロシアの反体制指導者の暗殺未遂事件などに関する国際的なスクープを連発している独立系の調査グループ。

 ――国際秩序の「カオス化」とは。

インタビューに答える中西輝政・京都大名誉教授=京都市左京区で2021年12月23日、大西達也撮影 拡大
インタビューに答える中西輝政・京都大名誉教授=京都市左京区で2021年12月23日、大西達也撮影

 ◆この10年では、やはり14年と16年の出来事が大きい。14年はロシアのプーチン政権がウクライナのクリミア半島を一方的にロシア領に編入しました。政府が関与してフェイクニュースを拡散し、軍事力の行使を容易にしたハイブリッド戦争(※2)です。国家によるデジタル・インテリジェンスの悪用例としてネガティブな側面が劇的な形で表れました。

 16年は民主主義にとって非常に重要な年でした。米国の大統領選ではトランプ氏が勝利しました。米中央情報局(CIA)をはじめとする情報機関は、ロシアがトランプ氏を支援する目的でサイバー攻撃をしかけて大統領選に干渉したと公式に報告しています。英国の欧州連合(EU)離脱につながった国民投票も、ディスインフォメーション(偽情報)で有権者が非常に大きな影響を受けました。

 一方、SNS上では民間人同士の人権問題も絶えません。誹謗(ひぼう)中傷を受けたタレントが自殺に至った悲劇的な出来事もありました。ただ、あまりネガティブな要素ばかりを積み重ねた議論をすると、「権威主義体制の方が情報管理に関しては合理的」という判断に結びつく恐れもあります。これまでにない情報リテラシー(読み解く力)の向上に努める必要があります。(※2)ハイブリッド戦争…武力行使のみならず、誤情報の流布やサイバー攻撃といった非軍事的な手法も使って複合的に展開する戦争。

エモーショナルに戻る世紀

 ――米英はインテリジェンス研究や実践の先進国です。それでも偽情報が世論を動かしてしまう背景には何があるのでしょうか。

 ◆一つにはデジタル時代の技術的な側面があるでしょう。私たちは今、(検索などで表示される情報の優先順位を決める計算手法の)アルゴリズムによって、似たような情報や価値観ばかりを見せつけられています。そして極端に誤った情報の解釈やネガティブな価値観が増幅されます。こうしたエコーチェンバー現象(※3)はアルゴリズムのなせるわざの一つという意味で現代的です。

 21世紀は人間の振り子がエモーショナル(感情的)に戻る時代ではないかと思います。20世紀は資本主義、民主主義と共産主義など、左右のイデオロギーの違いや主義主張がはっきりした理性の世紀でした。これに対して21世紀は小難しい理屈を帳消しにしたいという衝動が非常に強まっているのではないでしょうか。すなわち衝動的な世紀、感情の世紀です。

プーチン露大統領=大阪市で2019年6月29日、大前仁撮影 拡大
プーチン露大統領=大阪市で2019年6月29日、大前仁撮影

 20世紀末からのグローバリゼーションは経済・社会的な格差を広げ、人々の衝動に訴えようとする文化の変容をもたらしました。ある評論家はヘイト(憎悪)の世紀にも例えます。その落とし穴に落ちる近道を提供しているのがSNSだと思います。19世紀の終わりから欧州を中心にエモーショナルに精神が傾いた時代がありましたが、2度の大戦を経て人類は理性的になったはずです。悲劇を繰り返すことは避けなければいけません。

 新型コロナウイルスの流行でも、ワクチンや医療に関するデマで人々の行動が不当に影響を受けました。欧米ではワクチン接種率の頭打ちにつながり、感染の再拡大につながっています。

 今起きていることは文明史的な大きな移行期、それも「つり橋」のような移行期です。非常に大きなリスクがありますが、無事に渡りきれば別次元の新しい地平が開けます。その希望を失ってはいけません。(※3)エコーチェンバー現象…似た考えの者同士が共感し合ううち、意見がより過激で極端になり、多様な考え方を受け入れられなくなる現象。本来は録音などをする際の反響室の意味がある。

「気持ちのいい情報」の危うさ

 ――エモーショナルな時代を生き抜くためには、何が大切なのでしょうか。

 ◆国際政治学者として関心があるのは、国際的な法制度です。レジーム(体制)作りのために外国の選挙に情報戦で干渉するようなことは重大な国際法違反、あるいは国際的犯罪だと位置付けるべきです。今はやりたい放題です。国連を中心にNGOなど一定の中立性を持った組織が積極的に国際世論を広げる必要があります。

 加えて、一人一人の情報リテラシーを向上させることの大切さは指摘するまでもありません。自分にとって「気持ちがいい情報」は非常に危ういと知るべきです。アルゴリズムの運用などを含めて巨大プラットフォーム企業の良識に頼ってきた部分がありますが、これまでとは違うルールなどの運用について、学術機関や報道を含めた非政府主体のイニシアチブで開かれた議論を加速すべきです。

 インターネット空間で国家、政府がどのような役割を果たすかをゼロベースで議論することも求められています。政府を信頼せずに全てが非政府の形で進められる問題ではありません。同時に「情報と政府」の問題は非常に機微に触れ、注意を要する分野です。下手に(政府に)関わらせすぎてもいけない。民主主義で選んだ政府にどのような役割を果たさせるのか。これは古くて新しい問題です。(後編は12月30日に公開します)

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る
この記事の筆者
すべて見る

ニュース特集