特攻隊を奮い立たせる「チョコレート」 女学生が包んだその中身

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
集会で戦争体験を語る梅田和子さん(右)とコーディネーター役の相可文代さん=大阪府高槻市で2021年11月23日午前10時半、亀田早苗撮影
集会で戦争体験を語る梅田和子さん(右)とコーディネーター役の相可文代さん=大阪府高槻市で2021年11月23日午前10時半、亀田早苗撮影

 「チョコレートを一口食べたら、カッと体が熱くなった」。太平洋戦争中の1945年、梅田和子さん(91)=大阪府高槻市=は通っていた高等女学校の勤労奉仕で軍事物資のチョコを包装した。「特攻隊が最後に食べるもの。何か入っているみたい」と上級生に聞かされた。この「チョコレートの記憶」を元教員の相可(おおか)文代さん(71)=同府茨木市=がたどり、冊子にまとめた。美化されること、語られぬこと。太平洋戦争開戦から80年、何をどう伝えるのか――。

あの日の出来事 「密命」も

 梅田さんは戦争中、大阪市から高槻市に疎開し、45年1月末ごろ、府立茨木高等女学校(現府立春日丘高)に転校した。授業は全くなく、生徒は勤労奉仕、校舎は陸軍糧秣廠(りょうまつしょう)大阪支廠の支所が置かれていた。転校初日、教師から「兵隊さんに送るチョコを包む」と説明があり、菊の紋が付いた15センチほどの棒状のチョコを薄紙で包装し、箱詰めした。「密命」も下された。…

この記事は有料記事です。

残り1644文字(全文2057文字)

あわせて読みたい

ニュース特集