悩める森鷗外のほれ込んだ温泉旅館 生誕160年、おかみのススメ

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鷗外が長野県高山村・山田温泉で散策したとされる「散歩道」の入り口=高山村・山田温泉で2021年12月30日午後4時13分、田倉直彦撮影
鷗外が長野県高山村・山田温泉で散策したとされる「散歩道」の入り口=高山村・山田温泉で2021年12月30日午後4時13分、田倉直彦撮影

 長野県北部の山間部にあり、開湯約220年の歴史を持つ、高山村・山田温泉。新型コロナウイルス感染症の影響はまだ尾を引いている。そんな中、山田温泉の旅館「藤井荘」のおかみ、藤沢晃子さんは「2022年は森鷗外(1862~1922年)の生誕160年。『みちの記』に描かれた当時の山田温泉の様子や、この地を訪ねた鷗外の胸中に思いを巡らせながら、多くの人にゆっくりしてもらえたら」と語る。

 藤沢さんが挙げた「みちの記」は新聞連載の紀行文で、約130年前の1890(明治23)年8月18日、前日に東京を出て山田温泉に着いた当時28歳の鷗外が、その旅の模様を書いている。「舞姫」「高瀬舟」「阿部一族」といった作品で知られる明治の文豪・鷗外にとっては異例の旅といえた。「森鷗外記念館」(島根県津和野町)館長の山崎一穎(かずひで)・跡見学園理事長によると、陸軍軍医だった鷗外は公務で全国を訪ねたが…

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