「二つとして同じ形はない」復興橋 未来へつなぐ情熱

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永代橋について説明する紅林章央さん。清洲橋とペアで建設が計画され、1926(大正15)年に完成した=中央区で2021年11月30日午前11時37分、柳澤一男撮影
永代橋について説明する紅林章央さん。清洲橋とペアで建設が計画され、1926(大正15)年に完成した=中央区で2021年11月30日午前11時37分、柳澤一男撮影

 「墨堤(ぼくてい)」と呼ばれる土手の桜、花火大会に屋形船――。華やかなイメージの隅田川だが、1923(大正12)年の関東大震災では周辺で多くの人々が犠牲になり、川の各所に架かる橋も大きな被害に遭った。そして、その後に架け替え・新設された九つの橋はまだ現役だ。いつ首都直下地震が発生するか分からないなか、「災害に強い橋」を残した先人の思いを今に伝える。

 関東大震災当時の橋は多くが木製で、火災でほとんど焼失した。その後に建設された“復興橋”について、都庁で長年、橋の管理を担当してきた元都橋梁(きょうりょう)構造専門課長の紅林章央(くればやしあきお)さん(62)は、「二つとして同じ形はありません」と明かす。

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