温泉地経営、楽じゃない 思い噴出、ツアーで紹介 長野・渋温泉

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温泉の結晶を勧める西山平四郎さん(一番左)=長野県山ノ内町で2021年12月23日午前10時33分、坂根真理撮影 拡大
温泉の結晶を勧める西山平四郎さん(一番左)=長野県山ノ内町で2021年12月23日午前10時33分、坂根真理撮影

 「無料で湧いてくるもので楽して商売できていいな」。長野県山ノ内町が誇る「渋温泉」で働く宿の主人は、宿泊客からかけられた言葉を今も忘れられないでいる。決して楽ではないからだ。渋温泉旅館組合などは、100%源泉掛け流しの温泉を楽しめる渋温泉の歴史や魅力を知ってもらおうと、普段は見られない源泉を案内するツアーを開催し、記者も参加した。「渋温泉の泉質も風情も素晴らしいが、温泉を守る地元の人たちの情熱も同じくらい素晴らしい」。湯けむりが立ちこめる温泉街を歩きながら、そう感じた。【坂根真理】

風情ある温泉街を歩いた

 信州は個性豊かな温泉地が豊富にある「温泉大国」。とりわけ渋温泉は、約1300年前から湧き出る豊富な湯量と泉質に恵まれた全国屈指の温泉地として名高い。石畳が広がる風情も魅力の一つ。「カランコロン、カランコロン」。げたを履いた浴衣姿の観光客が通りを行き交う。人気アニメ「鬼滅の刃」に出てくるような木造の建造物が並ぶ風景は、まるで昔にタイムスリップしたかのような気持ちになる。

 渋温泉には九つの外湯があり、旅館やホテルにも源泉が行き渡る。疲労回復や皮膚病など体への効能はもちろんのこと、うつ病について「適応症」と表示されている宿もある。

地元住民らでつくる「湯栄会」が管理する源泉について説明を受けるツアー参加者たち=長野県山ノ内町で2021年12月23日午前10時8分、坂根真理撮影 拡大
地元住民らでつくる「湯栄会」が管理する源泉について説明を受けるツアー参加者たち=長野県山ノ内町で2021年12月23日午前10時8分、坂根真理撮影

 記者が参加したツアーは渋温泉旅館組合が企画、旅館経営や旅行業などを手掛ける「ヤドロク」が運営する「シブズツアーズ」が主催した。地元の人たちが、普段見ることができない100度近くある源泉などを案内する1泊2日のツアーだ。

 2021年12月下旬。ツアー参加者ら約30人を前に、温泉旅館組合の山田和由組合長(58)が声を張り上げた。「温泉のことを知ってもらい、愛していただきたくて計画しました。全国に3000近く温泉地があるが、渋温泉のような100%源泉掛け流しの温泉地は少ないんです」。渋温泉を愛してやまない思いがのっけから、あふれ出ていた。

 最初に案内されたのは地元組織「湯栄会」が管理する100度近い源泉が湧き出る場所だった。厳重に管理され、一般人が見学できる機会はめったにない。湯気が空に向かって、もくもくと立ち上り、記者のメガネが曇った。

 「この源泉は97度あります。昭和20年代に掘りました。毎分100リットル近く湧き出ます」と山田組合長。加水や循環はせず、源泉100%を掛け流しているという。

 ここで山田組合長は、「楽して商売できていいな」と心ない言葉を受けた過去の思い出を口にした。実際には、源泉を掘り当てる苦労に加え、源泉が流れるパイプの掃除は数カ月に1度の頻度でやらねばならない。パイプの交換作業もあり重労働だ。先人たちが守り抜いてきた源泉を後世に残そうと、見えない所で努力や苦労を重ねている姿を見た思いがした。

映画「千と千尋の神隠し」に登場する湯宿のモデルになったとされる老舗旅館「金具屋」。多くの観光客らが写真を撮っていた=長野県山ノ内町で2021年12月22日午後9時30分、坂根真理撮影 拡大
映画「千と千尋の神隠し」に登場する湯宿のモデルになったとされる老舗旅館「金具屋」。多くの観光客らが写真を撮っていた=長野県山ノ内町で2021年12月22日午後9時30分、坂根真理撮影

「食べられる」温泉

 続いて、映画「千と千尋の神隠し」に登場する湯宿のモデルになったとされる老舗旅館「金具屋」8代目の西山平四郎さんが、金具屋の源泉を案内してくれた。川沿いにある「金具屋第3ボーリング」では、思いがけず、「温泉を食べる」ことに。「ここのお湯からは、塩化物温泉特有の塩に近い結晶がとれるんです。ほらなめてみて」。湯気からできた白い結晶を口に含むと、なんとも言えない渋みに思わず顔がゆがむ。「渋いでしょ。渋いから『渋温泉』という名前になったとも言われているんですよ」

 ハイライトは間欠泉だ。西山さんがボーリング箇所のバルブを回すと、源泉が水蒸気と共に空高く噴き上がった。迫力ある光景に思わず息をのんだ。

隠された観光資源を生かす

 驚くことに、この1泊2日のツアーは入湯税150円をのぞけば全額無料。学べるだけでなく、旅館にも宿泊できる「太っ腹」なツアーとあって、県内外から多くの人たちが参加した。21年12月に全6回の日程で初開催したツアーは、大盛況のうちに終わった。

ボーリングのバルブを回すと勢いよく間欠泉が噴き上がった=長野県山ノ内町で2021年12月23日午前10時54分、坂根真理撮影 拡大
ボーリングのバルブを回すと勢いよく間欠泉が噴き上がった=長野県山ノ内町で2021年12月23日午前10時54分、坂根真理撮影

 「どうやって、こんな太っ腹なツアーを開催できたのか」。調べると、新型コロナで打撃を受けた観光地に眠る観光資源を磨き上げることを目的に、観光庁が公募した補助事業に選ばれ、ツアーの予算を確保できたのだった。

 観光振興を担当する町の担当者は「今後は代金を払ってでも参加してもらえるツアーに磨き上げていきたい。渋温泉、ひいては山ノ内町のファンを増やしていけたら」と期待を込める。

 山田組合長は「コロナ禍だからこそ、温泉を見つめ直してほしいんです。いかに心と体にいいかを感じてもらいたい。渋温泉は温泉地ではなく湯治場であり続けたい。コロナ禍だからこそ渋温泉の存在意義がある。多くの人に来てもらいたい」と話す。

 ヤドロクの石坂大輔さんは「忙しい合間に皆さんボランティアでツアーのガイドをしてくれている。渋温泉の魅力をより知ってもらいたいという『愛』ですね。温泉の維持管理は本当に大変。温泉の資源を守るために一生懸命頑張っている人たちばかり。そんな姿も見てもらえたら」と語る。

 ツアーを終え、渋温泉を支えてきた人たちに思いを致しながら湯船につかろうと思った。

 1月にもほぼ同様のツアーを企画し、参加者を募集したところ、数日のうちに募集定員を上回ったため、予定より早く募集を締め切った。担当者は「関心をもってもらえてありがたい」とうれしい悲鳴を上げていた。

ていた。

取材を終えて

 今回のツアーでは宿で、長野県東御市在住で経営エッセイストの藻谷ゆかりさんに偶然出会った。藻谷さんは「六方よし経営」「コロナ移住のすすめ」など多くの著書がある。以前、取材でお世話になったことがあるが、こんな偶然もあるのかと驚いた。

 宿から徒歩20歩ほどの場所にあるおしゃれなスタンディングバーで待ち合わせした。江戸時代からある由緒ある旅館「かどや」が2020年11月に閉館となったことを惜しんだヤドロクが買い取り、旅館の中に併設した場所だ。

 リンゴを使ったビールや黒こしょうが利いたカクテルなどを楽しみつつ、「長野県民のほとんどは、おいしいそば屋とラーメン店を知っていて、温泉を語ることができる」という話題で盛り上がる。温泉は長野県民にとって身近な存在だと改めて感じた。

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