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加藤陽子の近代史の扉

加藤陽子・東大教授がニュースの意義や位置づけを「歴史の文脈」から読み解きます。

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加藤陽子の近代史の扉

開戦の詔書と機関説 天皇の真意は何だったのか

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 昨年12月8日が旧日本海軍の真珠湾奇襲から80年だったためか、年の瀬には多くの戦争関連番組が放映された。なかでも注目されたのは、再現映像部分で片岡孝太郎が昭和天皇を、橋爪功が宮内庁長官・田島道治を演じたETV特集「昭和天皇が語る 開戦への道」だった。番組では、田島が1949年から記録を始めた天皇との対話録「拝謁記」と、36年から侍従長を務めた海軍大将・百武三郎の日記をすり合わせて、太平洋戦争への道を立体的に描き出していた。

 新渡戸稲造の門下生で、有数の銀行家だった田島を、新憲法に合致した改革のため宮中に送ったのは、民主党総裁の芦田均首相であった。芦田の当初の思惑を超えて、田島と天皇との間には深い信頼関係が芽生え、それ故、時に田島は諫言(かんげん)に近い発言をも辞さなかった。その一例が41年の対英米開戦時の宣戦の詔書をめぐる問答である。なお、12月8日正午と午後7時にラジオで実際に流された詔書の音声(アナウンサーの代…

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