朝熊山 激戦地に消えた兵士の詩碑「骨のうたう」

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朝熊山にある竹内浩三氏の詩碑。右奥に墓石があるが、遺骨は納められていない=三重県伊勢市の金剛証寺で2015年7月23日、宮間俊樹撮影
朝熊山にある竹内浩三氏の詩碑。右奥に墓石があるが、遺骨は納められていない=三重県伊勢市の金剛証寺で2015年7月23日、宮間俊樹撮影

 三重県伊勢市の朝熊(あさま)山(555メートル)に、<アア/戦死ヤアハレ/兵隊ノ死ヌルヤアハレ/コラヘキレナイサビシサヤ/国ノタメ/大君ノタメ/死ンデシマフヤ/ソノ心ヤ>と刻まれた一つの詩碑がある。地元育ちの一学生、竹内浩三氏(1921~45年)が入営を前に、非情な戦争を直視した「骨のうたう」だ。

 原作はもっと長い。<とおい他国でひょんと死ぬるや/だまってだれもいないところで/ひょんと死ぬるや/ふるさとの風や/こいびとの眼(め)や/ひょんと消ゆるや>。時代が許すはずのない厭戦(えんせん)的な言葉を残し、23歳で激戦地に消えた。

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