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斎藤幸平の分岐点ニッポン

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資本主義の先へ 水平社創立100年 若い世代は今 助け合いの輪を外に開く

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大阪府箕面市・北芝地区を訪れ、NPO法人「暮らしづくりネットワーク北芝」の池谷啓介さん(右)に話を聞く斎藤幸平さん=梅田麻衣子撮影 拡大
大阪府箕面市・北芝地区を訪れ、NPO法人「暮らしづくりネットワーク北芝」の池谷啓介さん(右)に話を聞く斎藤幸平さん=梅田麻衣子撮影

まちづくり、住民参加型で/差別や貧困と闘ってきた蓄積

北芝地区のコミュニティースペース「芝楽」で毎月のように開かれるチャリティーマーケット=清水有香撮影 拡大
北芝地区のコミュニティースペース「芝楽」で毎月のように開かれるチャリティーマーケット=清水有香撮影

 経済思想家、斎藤幸平さん(35)が現場を歩き、社会を見つめ直す連載。今回のテーマは部落問題とまちづくりだ。大阪府内の同和地区には、差別の痛みから学んだ知恵を生かし、支え合いのネットワークづくりを続けている地域がある。部落解放運動を展開した「全国水平社」=*=が3月で創立100年を迎えるのを前に、「だれもが暮らしやすいまちづくり」に取り組む被差別部落の今を取材した。

社会福祉法人あさか会の山本周平さん(右)から、大和川の土手沿いに住宅が建っていた頃の話を聞く斎藤さん=大阪市住吉区で、梅田撮影 拡大
社会福祉法人あさか会の山本周平さん(右)から、大和川の土手沿いに住宅が建っていた頃の話を聞く斎藤さん=大阪市住吉区で、梅田撮影

 『人新世の「資本論」』(2020年)を出版してから、さまざまな依頼が来るようになった。ただ、昨年9月に部落解放同盟から連絡が来た時はかなり悩んだ。部落解放同盟の前身、全国水平社の創立100年記念集会にメッセージを寄せてほしいと頼まれたのだ。

 日本初の人権宣言である水平社宣言は、日本の人権運動の淵源(えんげん)である。この宣言には<万国のプロレタリアよ団結せよ>で有名なマルクスの「共産党宣言」の影響がうかがえるが、日本の労働運動が部落問題を含めたマイノリティー問題にしっかり向き合ってきたとは言い難い。無知な私にメッセージを寄せる資格があるのか、と何日も考えこんでしまった。

 だが、「知らない」を言い訳に差別問題から目を背けるのもマジョリティーの特権だろう。だから、部落差別を学びたいと思った。解放同盟に勉強会の開催をお願いし、12月中旬、大阪府箕面市の北芝地区を訪れた。

 NPO法人「暮らしづくりネットワーク北芝」の事務局長、池谷(いけがや)啓介さん(48)に案内してもらったのは、法人が運営するコミュニティースペース「芝楽」。空き地を活用しようと住民らとワークショップを重ね、地域の人が集える場として04年に誕生した。広場に置かれた二つのコンテナには総菜と弁当の店、駄菓子屋などが入る。整備当初から同法人でまちづくりに関わる北芝出身の埋橋(うずはし)美帆さん(39)は「芝生を植えたりイベントを考えたり、自分たちが主体になって場をつくってきた」と語る。

 広場では月1回、朝市が開かれ、屋台が出る。夜には映画の上映会や演奏会を開く時もあるという。別の日に訪れた時は古着のチャリティーマーケットが開かれ、お昼時の弁当屋には列ができるほど家族連れでにぎわっていた。屋台にはコロナ禍で休業を余儀なくされた近隣地域のバー店主の姿も。「お店のお客さんとは違う層との交流が生まれてうれしい」と感謝していたのが印象的だった。

 北芝はいわゆる被差別部落で、今も200世帯ほどが暮らす。池谷さんによると、この地域は、20代から30代を中心とした「コミュニティー・ディベロップメント」という住民参加型の新しいまちづくりの手法で注目を集めてきたという。そのような試みの背景には、部落解放同盟をめぐる状況の変化がある。

 かつては同和対策事業特別措置法を基に、改良住宅整備や修学・就業支援などが行われてきた。ところが、02年に特措法の期限を迎え、公的援助は打ち切りに。大阪市では、各地区にあった隣保館や人権センターなども統合・廃止され、地域交流や学習支援も弱体化しているという。

 別の問題もある。就職支援などの成果で若い世代の一部の経済状況が改善する一方、1996年の公営住宅法改正で、収入に応じて家賃を決める「応能応益家賃制度」が導入されて公営・改良住宅の家賃は上がり、転出者が増加。代わりに外から入居してくる人々は生活困窮問題を抱えており、地域活動に参加する余裕はない。いわば取り残された高齢者と困窮者が貧困の連鎖を生み、地域の弱体化に拍車をかけている。

 こうした中、立ち上がったのが北芝の若者たちだった。広場の運営だけでなく、コミュニティー農園を開いたり、引きこもりの就業支援をしたり。これまでに積み上げてきた相互扶助や自治、生活困窮者や就労支援のノウハウを、今度は、外国人や高齢者、障がい者といった人々の支援にもつなげていくことを目指したまちづくりが始まっている。「外に開かれた場所をつくり、周辺地域に還元しながら、一緒にまちをつくっていきたい」と埋橋さんは抱負を述べる。

 そんな北芝が参考にした一つの地域が、大阪市住吉区の浅香地区だという。実は私の勤務する大阪市立大のそばだ。桜並木の奇麗な公園があり、子どもとよく遊びに行く。けれども、そこにはかつて地下鉄御堂筋線の車庫があって、大学、車庫、そして大和川にはさまれる形で部落が存在していた歴史を、5年前に東京から来た私は知らなかった。「ここが集落でした」。社会福祉法人あさか会の山本周平さん(42)に案内された場所は、川の土手であり、数年前の台風では浸水した場所で、目を疑った。

 76年に甲子園球場三つ分ほどの広さがある車庫の撤去が決まった時、浅香は周辺地域を含めた住民参加型で跡地の利用方法を決めたという。だが、そのような伝統のある浅香でも最近はコミュニティー力の低下という問題が生じている。そこで今度は、浅香が北芝を参照しながら、高齢者が立ち寄れるカフェや子ども食堂などを設置。また、半世紀前につくられた隣保事業の拠点「浅香会館」をもっと地域住民が気軽に立ち寄れる場所にしようと、一昨年、自分たちの手でリフォームした。

 差別や貧困は自分たちだけに限らない。だから、浅香や北芝では誰でも相談ができる場所づくりが始まっている。否、「助けてや」が言えなくても、日ごろの付き合いによってささいな変化に気づき、助け合いを生むセーフティーネットをつくろうとしているのだ。コロナ禍で孤立や子どもの貧困が社会問題となる中、その重要性は明らかだろう。だが、大都市に暮らす多くの人はもはやそうした関係性をつくり出す力を持っていない。だからこそ、「今まで部落でやってきたことが、社会問題の解決に役立つ」と池谷さんたちは言う。

 差別をなくす手段として、地域との交流を深めていく方法は、差別に対する抗議や糾弾というかつての社会運動とは違う、若者らしい発想なのかもしれない。「『自分たちだけよくなればいい』ではなく、新しい価値観を築きたい」と山本さん。「差別をはね返せるくらい自慢できる、すてきなまちをつくりたい」とも話し、率直な言葉が胸に響いた。

 もちろん、差別への怒りがないということではない。就職や結婚だけでなく、ネットのヘイト動画や、本人の同意なく暴露する「アウティング」といった差別は今も続く。勉強会では、学校の人権学習の場でさえ「部落差別はもうないんじゃない?」「周りにいないのになぜ学ぶ必要があるの?」といった声に直面することもあると報告された。そのような無知の開き直りに対する怒りは当然あるのだ。水平社宣言が求めるように、変わらなければいけないのは私たち社会であることを忘れてはならない。

 <明るいところから暗いところは見えへんけど、暗いところから明るいところは見える>。浅香では、代々受け継がれてきたこの言葉を大事に、まちづくりを続けてきたと山本さんは言う。明るいところにいる人々も、暗いところへ行き、差別問題を学び、社会を変えていくことはできるはずだ。


 ■キーワード

 *全国水平社

 1922年に結成された部落解放運動の全国組織。同年3月3日に京都市で開かれた創立大会では「人の世に熱あれ、人間に光あれ」で結ばれる「水平社宣言」が採択された。戦争の激化に伴い42年に消滅するが、戦後まもなく部落解放全国委員会が結成され、55年に部落解放同盟と改称。同和対策事業特別措置法(69年施行)や部落差別解消推進法(2016年施行)などの制定に尽力した。


記者雑感

 勉強会にはいろんな立場や地域で部落問題に取り組む12人が参加した。北芝出身の30代男性は結婚差別を受けた際、一緒に怒ってくれる仲間の存在に救われた経験から「自分も支える側になりたいと思った」と話した。大事なのは差別をなくすだけではなく、支え合う関係性や場を紡ぐこと。部落問題は、語ること自体をタブー視する考えも根強いが、「それっておかしいやん」の輪を広げるため、正しい知識と情報を共有することが大切だと改めて感じた。【清水有香】


 ■人物略歴

斎藤幸平(さいとう・こうへい)氏

 1987年、東京都生まれ。大阪市立大大学院准教授。専門は経済思想、社会思想。「新書大賞2021」を受賞した最新刊の『人新世の「資本論」』(集英社新書)は45万部を突破。著書は他に『大洪水の前に』(堀之内出版)。

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