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「市場に任せればすべてうまくいくという、新自由主義的な考え方が生んだ弊害を乗り越える」。岸田文雄首相は1月の施政方針演説でこう強調し、上場企業が3カ月に1度、投資家らに対して業績などを公表する「四半期開示」の見直しを打ち出した。これを受け、金融庁は18日の金融審議会(首相の諮問機関)で具体的な検討を始めるが、経済界では賛否両論が渦巻く。四半期開示の見直しは「新しい資本主義」の扉を開くことにつながるのか。それぞれの主張を聞いた。【聞き手・釣田祐喜】
見直しは妥当「株主を過度に偏重」
■松本正義関西経済連合会長(住友電気工業会長)
――なぜ見直しが必要なのでしょうか。
◆企業が多大な労力を強いられているためです。開示のための作業で残業が増え、働き方改革の面からも逆行しています。近年では、気候変動から受ける業績への影響など、新たな開示も多く求められるようになり、負担は増しています。さらに四半期開示は、短期的な視点での経営を助長するものだと考えています。
――短期的な視点とは。
◆経営者は3カ月後の業績向上を過度に意識せざるを得なくなります。数字を公表する以上、きちんとしたものを出さなければいけないという責任感ゆえですが、結果として目先の利益追求を優先し、すぐには成果が見えにくい人材育成や設備投資に力を入れづらくなる。経営してきた立場からそう実感しています。
――どう見直すべきですか。
◆現行の開示には、金融商品取引法に基づく四半期報告書と、取引所の上場規定に基づく決算短信があり、どちらも1990年代末~2000年代に3カ月ごとの報告が義務づけられました。この義務化を廃止すべきです。
――廃止すれば業績の透明性が後退しませんか。
◆投資家への情報開示が重要であることは言うまでもありません。重要な情報は、適時・適切に公表する現行の適時開示制度に基づき開示する必要があります。また、四半期開示を継続したい企業は任意で続ければよいと考えます。
――任意になれば開示に後ろ向きと受け止められ、海外投資家の呼び込みにマイナスになりませんか。
◆海外でも義務化をやめる国が相次いでいます。短期的な業績だけを重視する恐れがあるなどとして、欧州連合(EU)がルールを変更したことを受け、英国は14年、フランスは15年に四半期開示義務をそれぞれ廃止しました。ドイツも法律上の義務を廃止し、取引所の規則のみです。最近ではシンガポールも廃止しました。しかし、投資資金が流出したとは聞きません。義務化をやめたからといって、海外からお金が来なくなるということはないと思います。
私が04年に住友電工社長に就いた当時、海外投資家からは来期の業績見通しなど短期的な質問が多かった。しかし、年を経るごとに商品開発や人事戦略など長期の目線での質問が増えました。海外投資家の関心も変化していると感じます。
――日本でも四半期開示のあり方が検討されます。
◆岸田首相が見直しを打ち出したことは妥当だと考えています。地元の関西では古くから、商売によって売り手も買い手も満足し、社会にも貢献する「三方よし」という考えが根付いています。株主を過度に重んじる四半期開示は、多様なステークホルダー(利害関係者)への適切な配分という考え方とも相いれないと思います。19年には中部、北陸、九州の経済連合会と共同で意見書をまとめました。見直しを訴え続けたいと思います。
見直し不要「透明化の後退と映る」
■木内登英・野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト
――四半期開示の意義は。
◆通期や中間期ごとの開示と比べ、企業の財務や業績の状況が株価に正確に反映されるまでの時間が短くなるという重要な意義があります。市場の効率化にも役立っていると言えます。
――短期的な視点に立った経営を助長するという指摘もあります。
◆四半期開示をしているから企業が短期的な利益追求に傾いているという実感はあまりありません。むしろ企業は、3カ月ごとの経過をチェックしながら、年間目標の達成を目指しているのではないでしょうか。意見の分かれるところですが、短期的な利益追求を助長したり、中長期の課題に対応しなくなったりするという明確な証拠はないと思います。
――四半期開示を見直す必要はありますか。
◆必要はないと思っています。ただ、企業の負担軽減は検討してもいいと思います。気候変動による経営への影響や、サプライチェーン(供給網)における経済安全保障や人権侵害の問題なども重視されるようになり、こうした非財務情報の開示も求められれば、企業の負担は非常に増すこともあるでしょう。この機会に、開示すべき非財務情報と財務情報のバランスを考えてもいいのではないでしょうか。
――企業には四半期開示義務の廃止を求める声があります。
◆簡素化できるものはしてもいいと思いますが、いったん始めた開示をやめれば、投資家からは経営内容を透明化する姿勢が後退したと受け止められるでしょう。欧州では、義務化が廃止された国でも、多くの上場企業が任意で公表を続けています。後退というイメージを回避したいのでしょう。義務を任意にしても、実質的にはあまり意味がないのではないでしょうか。
――株主偏重が強まり、株主配当の伸びが、売上高や従業員給与の伸びと比べて大きすぎるという指摘もあります。
◆企業の役割として、株主だけではなく、従業員など幅広いステークホルダーの利益を考えることは正しいと思います。ただ、株主を軽視していいわけではありません。日本は配当利回りや株主還元率がもともと米国より低い水準にあり、配当の伸びが売上高などの伸びに比べて大きくなるということも起こり得ると思います。
――岸田首相は四半期開示の見直しを打ち出しましたが、政権発足以降、株価の下落も目立ちます。
◆岸田政権は総じて株式市場に優しくない政権だという印象が根付いていると思います。政策運営の底流に、企業が利益を求めすぎるべきではないとか、社会的な貢献度を高めるべきだという考えがあり、企業の収益見通しが下がることにつながりやすいからです。四半期開示の見直し自体が(日本経済の成長に向けた)本質的な問題だとは思いませんが、株式市場にとってプラスかマイナスかで言えば、マイナスになるのではないでしょうか。