悲しみと怒り あの日、何があった 三幸製菓火災から1週間

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火災現場の献花台には犠牲者らが好きだったバラなどが手向けられていた=新潟県村上市長政で2022年2月18日午後2時8分、内田帆ノ佳撮影
火災現場の献花台には犠牲者らが好きだったバラなどが手向けられていた=新潟県村上市長政で2022年2月18日午後2時8分、内田帆ノ佳撮影

 新潟県村上市長政の米菓製造大手「三幸製菓」荒川工場で6人が死亡した火災は、発生から1週間となった。あの日、工場でいったい何が起きたのか――。犠牲者の遺族や同僚らは悲しみと怒り、不信感を募らせている。県警は出火原因の特定を進めるとともに、業務上過失致死容疑での立件を視野に強制捜査に着手した。【内田帆ノ佳】

 「近くの建屋が火災」。11日深夜、荒川工場周辺の各家庭に防災無線が鳴り響いた。「あー、また三幸製菓だな」。かつて同工場で働いていた男性(74)は無線を聞いてこう思った。同工場では何度も部分焼やぼや騒ぎがあったからだ。ただ、この日は違った。

 同日午後11時45分ごろ、火災報知機が発報し、警備会社が火災を確認。通報を受けた村上市消防本部や新潟市消防局のポンプ車とはしご車、救急車など計22台が出動した。

 三幸製菓などによると、同工場には「A」から「G」まで7棟があり、火災が起きたのは南側の「F」棟(鉄筋コンクリート一部2階建て、約9859平方メートル)。おかきなどの生産ラインが24時間態勢で稼働し、火災が発生した時間帯は、約30人が中にいた。…

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