ウクライナ侵攻

特派員論考 消え去った「冷たい平和」=東洋英和女学院大教授・町田幸彦(元モスクワ支局長)

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 ウクライナから1通の電子メールが届いた。「娘の家族が国外に避難する。ポーランドなどに知り合いがいれば、紹介してほしい」。ウクライナ人と結ばれて首都キエフに暮らすロシア人女性の知人の願いを読み、すぐに心当たりの連絡先を伝えた。ロシア軍のウクライナ侵攻から6日目、3月1日の出来事だった。

 相次ぐ都市攻撃の惨事を誰が予想できただろうか。冷戦後に「冷たい平和」という言葉が飛び交ったが、もはやむなしく響く。戦争をはらむ対立は一時凍結されただけで、1989年の冷戦終結以来、30年余は「戦間期」にすぎなかった。

 米主導の軍事同盟・北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大に対抗して、プーチン露大統領は勢力圏維持の侵攻を正当化する。危機の創出による独裁者の保身策なのだが、NATOへの反感がロシアの底流に根強いことを見定めた論法でもある。94年、東欧諸国のNATO加盟の動きを、当時のエリツィン露大統領が「冷たい平和」とやゆした。そこには冷戦後も米露のせめぎ合いは続いているという含意があった。

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