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ジェンダー(社会的に作られた性差)にとらわれない、平等な社会とは?格差解消のための課題を考えます。

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「性別ないです」 井手上漠さんを変えた“自分らしさ”とメーク

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インタビューに答える井手上漠さん=東京都千代田区で2022年2月17日、大西岳彦撮影 拡大
インタビューに答える井手上漠さん=東京都千代田区で2022年2月17日、大西岳彦撮影

 ふわりと揺れる長い髪に、メークで彩られた目元や唇。2018年に「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」で「可愛すぎる男子高校生」として注目されたモデルの井手上漠さん(19)。若者を中心に支持を集め、自身について「性別ないです」と説明する。幼い頃から「男の子らしさ」を求められて悩む中、自信を持つきっかけになった一つがメーク。性別や“普通”にとらわれないこと、メークの魅力や楽しさ……。井手上さんにインタビューすると、のびやかに自分らしく生きること、多様性を認め合うことの大切さを語ってくれた。【南茂芽育/社会部、高良昂佑/デジタルメディア局】

メークでなりたい自分に

 ――今日のメークはどんなイメージですか。

 ◆可愛いピンク色のチークを使ってもらいました。私、飽き性なので常にいろいろ試したいなと思っていて。なりたい自分が日によって違いますし、いろんなイメージを自分の中で着せ替えしている感じです。今日の服もですが、一番好きな色は白。何色にも染まれて美しく見え、メークの魅力を一番発揮できます。

 ――昨年4月に出版されたフォトエッセー「normal? “普通”って何?」(講談社)で、幼い頃から可愛いものや美しいものへの憧れがあったと書いていました。きっかけはあったのですか。

昨年4月に出版された井手上漠さんの本の表紙=撮影:三宮幹史/井手上漠フォトエッセイ「normal?」(講談社)より 拡大
昨年4月に出版された井手上漠さんの本の表紙=撮影:三宮幹史/井手上漠フォトエッセイ「normal?」(講談社)より

 ◆3歳で親戚の結婚式に連れて行ってもらった時、花嫁さんのウエディングドレスに大興奮していたそうです。椅子の上に立って「キレイだ、キレイだ」ってはしゃいで。私はサッカーボールを見ても何もときめかず、ドレスを着た人形で遊ぶ方が何倍も楽しかった。仲良くなるのも女の子が多かったんです。

「気持ち悪い」と言われ 髪を短く

 ――小学校では髪を長く伸ばし、仲良しは女の子ばかりだったのに、小学5年の時に男子から「気持ち悪くない?」という声や目が向けられ、「自分は人とは違う」と思ったそうですね。

 ◆自分の価値観とは違うものを見ると、違和感を覚えるのはしょうがないと思いますが、口に出されて傷つきました。何が気持ち悪いと思われるのかを一生懸命考え、「男の子なのに髪が長いからかな」と思い、髪を切りました。髪は自分の思い出が詰まっていて、自分を守ってくれるもの。それがなくなるのは想像以上につらかったです。

 それでも「気持ち悪い」と言われないなら、いいのかなという気持ちで……。服装も白Tシャツにデニムのような無難なものに変えました。学校生活で一人で過ごすのは怖いです。これから成長していくに従って、どんどん周りは敵ばかりになるのかなって、想像すればするほど追い込まれて。でも、自分が“普通”に合わせれば合わせるほど、何かつまらなくて。何をしても満足感を得られなくなりました。

「漠は漠のままでいいんだよ」

 ――そんな井手上さんを支えたものは何だったのでしょう。

ジェンダーレスなモデル、井手上漠さん=東京都千代田区で2022年2月17日、大西岳彦撮影 拡大
ジェンダーレスなモデル、井手上漠さん=東京都千代田区で2022年2月17日、大西岳彦撮影

 ◆母の存在です。中学2年の時、母が言ってくれた「漠は漠のままでいいんだよ。それが漠なんだから」という言葉以上に良い言葉はありません。その頃、前髪を伸ばすようになり、邪魔にならないように結んで学校に行ったら、先生に「結ぶな」と怒られました。髪が長い女子は結ぶように言われるのに、なぜ自分は結んではいけないのかが分からなかった。母に話すと、校長先生に「この学校は髪形の指定はないですよね。髪を結んではいけない校則ってあるんですか」と聞いてくれました。そしたら「ないです」と。それからはまた、結んで行けるようになりました。

メークで内側からキラキラできるように

 ――その頃からメークに興味があったのですか。

 ◆はい。私は太りやすいのがコンプレックスで、それを解消するのにメークに助けられました。外見より中身が大事っていう人がいますが、私は外見から変わるのもありだと思います。私自身、美容で外見を磨いていくうちに中身が明るくなりました。学校から帰ると、すぐメーク道具を出し、(動画投稿サイトの)「ユーチューブ」で動画を見ながら学んでいたんですが、その時間が一番キラキラしていたみたいです。周りの子たちが「メーク教えて」とか「何の化粧品を使ってるの」と話しかけてくれるようになりました。孤独だった自分がウソみたいで、内側からキラキラできる、自信を持てる生活に変わりました。

コンテストで未来が明るく

 ――18年に周囲の勧めで「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」に応募し、高校1年で迎えた最終選考会で「DDセルフプロデュース賞」を見事に受賞しました。

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インタビューに答える井手上漠さん=東京都千代田区で2022年2月17日、大西岳彦撮影

 ◆とても大きな経験でした。その時の私は、まだ自分を男の子と認識していましたが、「普通の男の子」のような姿ではなく、いつも通りの自分の姿で応募しました。審査の過程でインターネットを中心にした人気投票もあり、応援してくれる人なんているのかな、と思っていましたが、多くの人が「なに、この可愛い子、新しい」と思ってくれました。

 「男の子で可愛いってありなんだ」という概念を生み出せたのは、すごくうれしかったです。私みたいな人は世の中でマイノリティーと言われがちですが、自分が好きなものを好きと言える子が増えていけばいいなと思います。それまで未来は苦しいものだったけど、明るいものに変わっていくのを感じました。

どこにも自分を当てはめたくない

 ――自分に性別はない、と思うようになったのもその頃でしょうか。

 ◆そうですね。コンテストに出た後、「性別なんてどうでもいいや」と思い始めたんです。性別ってなんでそんなに大事にされているんだろうと思います。女性と男性で区別が大切なこともあります。でもそれが差別にならないか、皆がもう一度考え直すべきだと思います。「ゲイ」(男性同性愛者)や「レズビアン」(女性同性愛者)など、どこかに自分を当てはめなきゃいけないという世の中の無言の圧力も感じます。「どれでもない、というのはずるい」と言う人が多いんです。私は自分をゲイ、レズビアンと認識している人を否定しているわけではないです。それも尊重しないといけないけど、私の「性別がない」ということも尊重してほしいなと思うんです。

「性別がない」は自分の強み

 ――「性別がない」と周囲に伝えるのは勇気がいりませんか。

ジェンダーレスなモデル、井手上漠さん=東京都千代田区で2022年2月17日、大西岳彦撮影 拡大
ジェンダーレスなモデル、井手上漠さん=東京都千代田区で2022年2月17日、大西岳彦撮影

 ◆いえ、恥ずかしいともかっこ悪いとも思わないし、むしろ自分の強みと思っていますね。私の好きな言葉は、(お笑いコンビの)「オリエンタルラジオ」の中田敦彦さんが言っていた「才能はコンプレックスの裏側にある」。自分にしかないものって自分では見つけづらい。コンプレックスを愛せば才能は生まれてくると聞いて、自分の強みは性別がないことだと気付きました。「ずるい」と言われても、私は平気。性別がない自分を愛しています。

男性もメークする社会に

 ――だからこそ、その強みを生かして自由にメークを楽しめている部分もありますか。

 ◆その日の気分によってメークを変えるのは楽しいですよ。可愛い系になりたい時は前髪をおろしてゆるふわにしたり、眉毛は優しく(見えるように)描いたり、リップはグロスを使ったり。かっこいい系にしたい時は眉毛を太めにしてアイシャドーは暗めな色を使い、リップはシックなブラウン。髪形はかき上げ風にしたりとか。「今日はどう変わろう」と考えながらメークをしている時間が一番幸せですね。

 ――これまでメークは、女性に「社会人のマナー」として求められ、圧力となってきた側面もあります。すっぴん(化粧をしない状態)だと、男性から「寝坊したの?」と言われることも。「女性らしさ」の押し付けになっている部分は、どう見ていますか。

 ◆嫌な世の中だなと思います。でも、10年後にはなくなっていると思います。今、男性の多くはメークをしませんが、10年後は半分ぐらいの男性はメークをしているんじゃないでしょうか。なぜそう思うかというと、30年までの達成が目指されている「SDGs」(国連が掲げる持続可能な開発目標)の中に「ジェンダー平等」があるからです。

 全世界でジェンダー平等を目標にし、実際、少しずつ偏見がなくなってきていることは、たくさんの人が感じていると思います。今、男性アーティストがメークするのはかっこいいと言われますよね。少し前だとあり得なかったと思います。今は女性がすっぴんだと「女を捨てている」と言われたり、メークをしたい男性が「女になりたいの?」と変に思われたりすることもあるかもしれないけれど、時代に合わせてみんなの感覚も必ず変わっていくと私は思います。

認め合うことが大切

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インタビューに答える井手上漠さん=東京都千代田区で2022年2月17日、大西岳彦撮影

 ――そのためには一人一人にどんな意識が必要でしょうか。

 ◆認め合うことです。理解することは、その人と全く同じ環境や立場じゃないと難しいけれど、その前の段階として、認めてあげるのは簡単だと思いませんか。例えば友達から「自分はゲイなんだ」と打ち明けられた時。「なんて言われるんだろう」「友達をやめるって言われたらどうしよう」と考えながら勇気を出して教えてくれたとします。私は「そうなんだ」とだけ答えます。それだけで相手は「オープンに言っていいんだ」と、孤独から解放されるかもしれない。私もそういう人がいれば救われたと思います。今はまだいろんな偏見がありますが、続けていればそれが常識になり、一般になります。

 もう一つは、子どもたちを大切にすることです。私の祖父母は私がスカートをはいたり人形で遊んでいたりすると、きつく怒り、なかなか理解してくれませんでした。祖父母の世代にとって、私のような子は偏見の目で見られるのが当たり前で、社会に出て苦労しないように普通の道を歩ませようとしていたんだと思います。ジェネレーションギャップはどうしてもありますが、時代によって変わるものもあると思います。

 私は、「どうして男の子なのにスカートをはいてるの?」「どうして髪が長いの?」って子どもに聞かれたら、すごく丁寧に対応します。「男だからはいちゃいけないことはないんだよ」「男の子でもメークしていいんだよ、楽しいんだよ」と伝えます。子どもって意外と大人の言うことを覚えているものだから。

 そうすればきっと、ピンクのランドセルにしたいのに青いランドセルにしろと言われたとしても、「ピンクがいい!」って言えるかもしれない。そんな子どもが大人になって、子どもができていくことを考えると、時代はどんどんつくっていけます。

 ――来年は20歳ですね。成人式や結婚式など、性別によって着るべき服が決まっている儀式が多いです。今後どんな服を着ようと思っていますか。

ジェンダーレスなモデル、井手上漠さん=東京都千代田区で2022年2月17日、大西岳彦撮影 拡大
ジェンダーレスなモデル、井手上漠さん=東京都千代田区で2022年2月17日、大西岳彦撮影

 ◆なぜか礼服では性別が重視されますよね。私みたいに性別がないと「正解」がなくて、女性のものか男性のものか、どちらを着るか悩むことはこれまでも多かったです。成人式でどうするか、まだ決めていませんが、私だから着られるオリジナルな服を作ってみるのもありかなと思っています。前は不安だったんですが、今はいろんな方向に進むことができるので、逆に楽しい。正解とされているものも、私が壊したらいいかな(笑い)。

いでがみ・ばく

 2003年1月20日、島根県・隠岐諸島の海士(あま)町で男性として生まれる。17年の「第39回少年の主張全国大会」で自身の体験に基づき、一人一人がありのままに生きられる世界を作ろうと呼び掛けたスピーチ「カラフル」で文部科学大臣賞を受賞。18年の「第31回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」のファイナリストに選ばれ、「DDセルフプロデュース賞」受賞。写真共有アプリ「インスタグラム」のフォロワー数は41万人。

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