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「アメリカー」と呼ばないで この子が育つころには

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黒人とヒスパニック系のルーツを持つ米兵との間に昨年生まれた長男の小嶺・オリバー・空・ヌニェズちゃんを抱く母斐子(あやこ)さん(38)。同じように米兵と沖縄の女性との間に生まれた子供たちが主に通う「アメラジアンスクール・イン・オキナワ」の校長を3月まで務めた。「子供たちは自分のルーツを大切にし、望むところに羽ばたいていってほしい」=北中城村で2021年11月25日、喜屋武真之介撮影
黒人とヒスパニック系のルーツを持つ米兵との間に昨年生まれた長男の小嶺・オリバー・空・ヌニェズちゃんを抱く母斐子(あやこ)さん(38)。同じように米兵と沖縄の女性との間に生まれた子供たちが主に通う「アメラジアンスクール・イン・オキナワ」の校長を3月まで務めた。「子供たちは自分のルーツを大切にし、望むところに羽ばたいていってほしい」=北中城村で2021年11月25日、喜屋武真之介撮影

 「母親を恨みました。なんで産んだのかと」。70代の男性はそうつぶやく。50代の女性は「『いちゃりばちょーでー』(一度会えば兄弟)なんてうそ。この言葉が大嫌い」と吐き捨てるように言った。

 「『うちなーんちゅ』(沖縄の人)にさせてもらったことは、一度もない」。これは30代の女性の言葉。いずれも沖縄で生まれ育った人たちだ。ただし、母親は地元の女性で、父親は沖縄に駐留する米軍の兵士や軍属だった。

 太平洋戦争末期の激しい地上戦を経て米軍の占領下に置かれた沖縄では戦後、強制接収された土地に次々と基地が造られ、住民は基地と隣り合わせの生活を余儀なくされた。戦後の荒廃した沖縄で生きていくために基地従業員として働いたり、米兵を客に飲食を提供したりする人たちも少なくなく、米兵らと地元女性との間に数多くの子供が生まれた。

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